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「でも……私行かなきゃ……!」
これ以上考えながらアルブレヒトと口論していても進まないと思ったロゼッタは、彼に背中を向け走り出した。ノアのいる中庭まであともう少し。すぐに馬に飛び乗れば逃げれるかもしれない、という甘い考えがあった。
いつも着ているドレスじゃなくて良かったと心底思えた。いつものドレスだったら、走り辛くて仕方がない。今は町の小さな服屋で買った様な普通のワンピースだ。裾もそこまで長くなく走り易い。
「ロゼッタ様……!」
突然走り出すとは思っていなかったのか、アルブレヒトは面食らっていた。しかし、すぐに我に返るとロゼッタを追い掛ける。
走ってみたものの、ロゼッタ自身アルブレヒトに脚力や体力で勝てるとは到底思っていなかった。走りつつも彼女の頭の中は割りと冷静だった。だが反射的というか何と言うか、焦燥感や不安に押し潰れそうになってつい走り出してしまったという部分が大きい。
それに彼はいつでもロゼッタの意思を優先してくれる。どこかアルブレヒトなら自分の気持ちを分かってくれるんじゃないか、という気持ちもあった。
だが、今までになく厳しく、彼女の行く手を阻もうとするアルブレヒトにロゼッタは少なからず動揺があった。
走り出して数秒後、ロゼッタの腕はアルブレヒトに掴まれ強い力で引っ張られた。先に進めず、ロゼッタの足はその場で立ち止まる目に。
「戻って下さい……!」
「絶対に戻らない!」
きっと今まではここまで言い合うということはなかっただろう。強い力で掴まれ、ロゼッタは痛みで少し顔を歪ませながら吼えた。
「村が戦争に巻き込まれていても、巻き込まれていなくても関係無い! まだ家族だって思ってるから、こういう時に皆の傍にいなきゃ……!」
走ったのがきっかけに昂ぶったのか、堰き止めていた感情が流れ出した。
脳裏に浮かぶのは教会の弟や妹達。皆とは血が繋がっていないが、まるで本当の兄弟のように共に十七年過ごしてきた。きっと幼い彼らは戦争で不安がっている。そんな彼らを「姉」として守ってやらなければいけない、という気持ちがあった。
だが、それは義務感などではない。ロゼッタが家族だと思うからこそ、したいと思った事だ。
「私がお父さんの……魔王の娘だからって、義務感で守ろうとしないで……!」
だがロゼッタからしてみれば、アルブレヒトは側近という義務感で彼女を止めている。今まで教会で過ごしてきた時間を知らない彼に、ただロゼッタの側近だからという理由だけで止めて欲しくなかった。
少しだけ緩んだアルブレヒトの力、ロゼッタは彼の腕を振ってアルブレヒトの手を払った。
そこでロゼッタははっとした。
驚いた様な、少し悲しそうな表情を浮かべてアルブレヒトが彼女を見ていたからだ。その瞬間、彼を少し傷付けてしまったのだろうか、と思ったのだ。彼の瑠璃色の瞳が困惑の色を浮かべていた。
だが、もう彼女には後戻りなど出来ず、謝罪の言葉すら呑み込んでしまった。
ただ、アルブレヒトは何か言いたそうに口をもごもごと動かしていた。
「違う、自分は……!」
どうにか違うとアルブレヒトが言い掛けた瞬間、二人の耳には地響きのような轟音が届いたのだった。
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