アスペラル | ナノ
10


 アルブレヒトの雰囲気の違いは何となく空気から、ロゼッタでも察する事が出来た。
 ロゼッタは息を呑む。彼はロゼッタがここにいる目的を聞く前に、歩みを止めるように言った。それはまるで彼女がここにいる理由を知っているかのようである。
 ロゼッタも緊張の面持ちでアルブレヒトに向き合うが、一歩足を引き、いつでも走れるように構えていた。

「どうして、ここに……?」

 彼の目的は薄々気付いているものの、どうしてバレたのかロゼッタには不思議であった。ノアと話していた時は二人っきりだった筈なのに。

「……ロゼッタ様と兄上の話、聞いていた。アルセルは戦地。ロゼッタ様行かせる事、出来ない」

 真剣な表情でアルブレヒトは意思を露わにする。今の彼の様子からは、力付くでも止めそうな勢いである。
 だが、ロゼッタもまた表情を険しくした。立ち聞きされていたのは全く気付かなかった。彼はたまに気配を上手く消すことがある。普通の少女であるロゼッタには気配を読み取ることは出来ないので、気付かなかったのは仕方がないと言える。
 しかし、計画がバレたとはいえ、ここでアルブレヒトに素直に従うつもりはない。こうなる可能性だって考えていなかったわけじゃないのだから。

「ごめんね、アル。でも、私は行くわ」

 ロゼッタだって譲れない。彼女もまた自分の意思をきっぱりと言い放った。
 もうノアの手を取った時から決めたのだ。絶対にアルセル公国のオルト村へ行き、皆の無事を確認しよう、と。
 互いに一歩も動かず、まるで睨み合う様に視線をぶつからせた。

「駄目。絶対に止める」

「お願い行かせて。皆の……家族の無事を確認したいの」

 だが、アルブレヒトは首を横に振って認めることは無い。
 後もう少しで馬屋だというのに、ロゼッタは唇を噛んでこれからどうすべきか思考を巡らせた。もし彼が実力行使になったらロゼッタに勝てるわけがない。彼はロゼッタに怪我をさせることはないだろうが、ロゼッタよりも遥かに優れた運動神経をしている。彼が本気を出せばすぐに押さえられるのが関の山だ。
 正直、ここまで本気のアルブレヒトは見たことがない。いつもみたいに扱えれば楽なのだろうが、今の彼は一筋縄じゃいかないことが想像出来た。

「……アル、何を言っても無駄だからね。絶対に行くわ」

「それは自分も同じ。何を言われても、止める」

 いつまで経っても両者の意見は平行のまま、交わることがなかった。

「危険な事はしないって約束するわ。皆の無事を確認出来れば良いんだもの」

 ならば、とロゼッタは彼の説得に回ることにした。互いに意見をぶつけ合っても変わらないのなら、彼が譲歩する条件を提示すれば良いのだとロゼッタは思ったからである。彼はロゼッタの身を案じているのだから、それに合った様な条件を。
 しかし、アルブレヒトはそれでも首を縦に振りはしなかった。

「それは保証出来る約束ではない。村、絶対に巻き込まれていないと言えない」

 まだ戦地の状況は不明瞭な部分が多い。オルト村が戦火に巻き込まれていないという情報だって無い今、もしオルト村に向かえば巻き込まれる可能性だってある。それは戦争の渦中に身を投じるという意味。死にに行く様なものだ。
 だからこそアルブレヒトはロゼッタを行かせるわけにはいかないのだ。

 時刻はそろそろ日付を跨いだ頃だろう。時計が無いので正確には分からないが、部屋を出てしばらく経ったので多分大体は合っている筈だ。

 少しだけロゼッタに焦りの色が見えてきた。何とかアルブレヒトを説得しようと思ったものの、強固な彼の意思はすぐに曲がりそうはない。
 このままでは、ノアと合流出来ずに朝を迎えてしまいそうだ。そうなれば、結果的にアルブレヒトの勝ちと言える。
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