アスペラル | ナノ
7


「……姫様も馬鹿だね、騎士長並みにお人好しかもよ」

 ロゼッタの手を離し、急に笑い出したと思ったらノアはそんな事を言ってのけた。くっくっくっと喉を鳴らしている。
 リカード程お人好しだとは思っていないし、そもそも馬鹿だと言われる理由も分からない。ロゼッタはむっとした表情で何で、と尋ねた。

「よく僕の言う事を信じる気になったね」

 彼自身、自分の言っている事は他者から見て信用ならないと自覚しているらしい。それを信じた彼女はお人好しだ、と笑っているようだった。
 だが、彼女がノアの言っている事を信用したのはお人好しだからという理由ではない。彼のことを疑う理由も無く、彼はそんなに器用な人間でもないということは知っているからだ。

「信じたらいけない?」

「……あんまり信じ過ぎるのもどうかと思うよ。これから王族になるなら特に。すぐに殺されちゃうよ」

 気を付けた方が良い、とノアは冷笑を浮かべた。
 ロゼッタとてそれは容易に想像がつく。王族など煌びやかな世界には見えるが、今ロゼッタは王位継承争いの最中にいる。命を狙われたことも何度かある。
 王族や貴族が暗く、ドロドロとした部分を持ち合わせている事もよく実感していた。

「……普通だったらこの後姫様を売ってるよ。ルデルト家でもいいし、人間の国でもいいし……ああ、娼館に売っても高く売れそうだ。姫様、見目は良いから」

「でも、ノアはしないでしょ」

 疑問形ではなく、ロゼッタは断言した。
 その答えにはノアも面食らったらしく、困惑したような表情を浮かべていた。彼としては脅し付けていたつもりなのに、怯む様な素振りも一切見せない彼女の反応は楽しくもないらしい。少し不満そうであった。

「どうしてそう言い切れるの? 研究費用の為に売る可能性だってあるよ?」

 本格的な魔術の研究となると、それには莫大な費用が掛かる。ノアは宮廷魔術師という役職があるため、国からの援助のお陰で今は自由に研究が出来ている。が、それにも制限があると言えばある。研究も渡される資金の範囲内でしなければならない。

「ノアは研究が第一優先の人だけど、お金には執着しないじゃない。むしろその日食べられれば良いって感じだし」

 服にも娯楽にも基本金を費やしていないのは、彼の生活を見ていれば分かる。

「それに、ノアなら絶対に私を売るより、薬の人体実験に使いそうだもの」

 絶対、の部分を強調してきっぱりとロゼッタは言った。覚えているのだ、彼女が火と氷の魔術を使えると知った時のノアの興味津々ぶりを。
 金の為に彼女を売るのだったら、研究好きのノアは知的好奇心の為にロゼッタで実験をするに決まっていた。金より研究のノアの性格を考えればそういう結論に至った。

「……成程、確かに一理ある」

 少し黙っていたノアだったが、少し肩を震わせて笑いだした。あまり笑い声を立ててはいないものの、普段の冷えた微笑などではなく、本気で面白がっている様にも思えた。
 すると「それに」と、ロゼッタは言葉を続けた。

「ノアを疑う理由が無いわ。だから、ノアを信じるの」

「……もし騙されていたり、裏切られたら?」

「その時はその時で考えるわ。無闇に人を疑っていたくないもの」

 だからお人好しって言われるんだよ、とノアは思ったがその言葉を飲み込んだ。言ってしまえばロゼッタが拗ねるのは目に見えている。

 ロゼッタと初めて会う前に、ノアはアルブレヒトに「姫様ってどんな人?」と尋ねた事があった。それは興味があったからではなく、会話上そういう流れになったのだった。
 アルブレヒトから出てくるのは、ノアにとってどうでもいい情報。銀の髪が美しいやら笑った顔が陛下に似ているやら、コシュのパンケーキを気に入ったやら些細なものだった。
 そしてアルブレヒトは言っていた。ロゼッタ様は面白い方だ、と。魔術が使えるのはちょっと便利なだけ、と魔術の使えないアルブレヒトに言ってのけたのだ。その事を話すアルブレヒトは少しだけ嬉しげな表情をしていた。

 ロゼッタに面白味があるというのは、何となく分かるかもしれないとノアは思ったのだ。


(7/16)
prev | next


しおりを挟む
[戻る]

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -