アスペラル | ナノ
9


「え……?」

 ロゼッタは自分の頬に触れ、ようやくそこで流血している事に気付いた。これが自然に切れたものではない事はロゼッタでも分かる。だが、目の前の剣の切っ先を向ける騎士がロゼッタに剣を向ける意味が分からなかった。
 当然ロゼッタには身に覚えが無い。彼に何かしたつもりもない。

 手についた血と、剣を交互に見遣り、ロゼッタは呆然と立っていた。

 そんな彼女の呆けた表情が余程面白かったのか、切り付けた騎士はにやにやと笑っている。周りの他の騎士達も諌めることなく、笑っていた。

「……どういう事……?」

「我らが団長は魔族を殺さずに生かして捕らえろと言った……だが、魔族を生かしてどうする」

「そうだ。十六年前の戦争の時だって、魔族は俺らの町を燃やした」

「魔族のせいで……」

「やはり魔族は殺すべきだ」

 皆が魔族に対し、憎しみを抱いていた。ローラントがいない事をいい事に、その憎しみの矛先をロゼッタに向けているのだ。
 ロゼッタは一歩後退りした。両手を拘束されている今、彼らに抵抗する術は何も無い。無惨に殺されるのを待つだけだろう。

 ロゼッタが一歩、また一歩と下がる度に騎士達は近寄ってくる。

「私は魔族じゃないわ……!」

「いいや、分からないぞ。命が惜しくて嘘を言ってるのかもしれないしな」

 剣の切っ先が鈍く光る。ロゼッタは本能的にこれはヤバイと確信した。
 後ろをちらりと振り向くと雑木林が近くにある。そこに逃げ込めば、逃げ切れる可能性はあるかもしれない。しかし、その確率は限りなく0に近いだろう。

 だが、このまま逃げないでいても殺されるだけ。

 ならば、少ししか確率が無くとも逃げる価値はあるのだ。

「!」

「待て!」

 駆け出したロゼッタ。それを追い掛ける騎士達。
 もつれそうになる足を懸命に働かせ、ロゼッタは全速力で走っていく。

(……魔族じゃない事を証明する為に来たのに……その前に殺されるのは嫌……!)

 目の前に広がる雑木林に逃げ込めば、ほんの少しだけ逃げ切れる確率が上がるだろう。あと少し、そう思いながら足を前へ前へと動かした。
 しかし、鉄鎖で両手を拘束されたまま上手く走れる筈もない。

 伸びてきた騎士の手は、ロゼッタの長い銀髪を鷲掴みして引っ張った。その勢いで態勢を崩したロゼッタは、拍子に後ろに倒れ、すぐに騎士達に捕まったのだった。ロゼッタはもがくが、それで騎士の手の力が緩む事はなく、それでも尚彼女の髪の毛を引っ張っていた。

「静かにしろ……!」

「痛っ……!」

 右の頬を叩かれ、痺れる様な痛みが走った。暴れるロゼッタを大人しくさせるために、騎士の一人が殴ったからだ。

「信じられない……!それでも本当の騎士?!」

 だが殴られた程度でロゼッタが黙る事は無い。逆に彼女は自分の頬を押さえながら、騎士達を睨み上げた。

「うるさいな……」

「それより、ほら、騎士団長サマが戻ってくる前にさっさと片付けちまおうぜ」

 何度も逃げようと試みるロゼッタであったが、騎士達には糸も簡単に押さえつけられてしまった。背中に伝わってくるのは土の冷たい感触。ここまで本格的に押さえつけられてしまうと、流石に彼女もこれ以上は自分ではどうにも出来ないと悟った。

「しっかし、魔族には見えねーな。なかなかの上物だし」

「魔族は見た目が良いらしいからな。捕まえてきた魔族の一部を愛玩用の奴隷にしてる貴族もいるらしい」

「うわ、趣味悪」

「ま、俺達は魔族を手篭めにする趣味はないからな……」

 一人が鞘から剣を抜いた。剣を片手に彼はロゼッタに近付いてくるとゆっくりと見下ろした。
 徐々に近付いてくる死に、ロゼッタは恐怖した。あとどれ位の命か、それをどう考えても一分程度だろう。

 悔しいという感情が彼女にはあった。約束も守れずにこんな所で死ぬ事になるなんて、ロゼッタは下唇を噛んだ。

(……シスター、アンセル、リーノ……教会の皆、村の人達……)

 もう二度と帰れなくなるとは思ってもいなかった。絶対に魔族ではない事を証明して、帰るつもりだったのだから。

(………………それに、お父さん……)

 まさか、最期に会った事もない父親の事を想うとは思ってもみなかった。きっと、心の奥底では父親との再会を本当に望んでいたのだ。もう会う事は出来ないだろうが。
 すると自然にロゼッタの瞳から涙が流れた。

(……涙?これは……皆と会えなくなるのが、嫌だから?騎士に勝てないのが悔しいから?)

 違う。

 それはもっと単純明快な感情。もっと潔く死ぬのかと思っていたが、今思えば遣り残した事など多数ある。そんな中で潔く死ねるわけない。

「……た……い……」

「ん?」

「……死に、たくない……!」

 気付けばいつの間にか涙を流しながら感情が表に出ていたロゼッタ。しかし、それははっきりとした死への恐怖であった。

 それと同時に、ロゼッタの身の回りから火の粉が舞った。

 騎士達は驚いて飛び退くと、驚いたような表情でロゼッタを見ていた。ロゼッタ自身も一体何が起きたのか分からないようで、座り込みながら自分の手を見た。

「おい、今の……」

「魔術じゃないか?」

「魔術って、魔族しか使えない筈だろ……」

 疑惑が更に疑惑を呼んだ。本来ならば魔族しか使用出来ない魔術らしき技に、騎士達は疑いの目でロゼッタを凝視した。その視線は最早、異形の者を見る目つきである。

「やっぱり、間違いなく魔族だったんだな……」

「魔族にはやはり……清き粛清を……!」

 振り上げられた白刃。今度こそ、これを振り下ろされてしまえば終わりだろう。
 ロゼッタは固く目を瞑った。


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