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すると、ロゼッタやローラントが加わっていた隊列の前方が突然立ち止まった。比較的後方にいた二人には何があったのか分からないし、見えない。
「……何があった?」
ローラントは近くにいた部下の一人に尋ねた。
その部下も最初は困惑していた。まるでローラントに対し、何と言って良いものか迷っているようだった。しばしば考えた後、部下はようやく口を開く。
「……不審な人物が、道の真ん中に立って我々の邪魔をしていると……どういたしましょうか?」
「一般人か?」
恐らく、と部下は答えた。
こうやって騎士団の進行の邪魔をするとは、その不審な人物とやらは余程の馬鹿だ、とロゼッタは思った。騎士団とは王の剣。その騎士団の邪魔をするのは法で禁じられており、何人たりともこれを犯してはならないらしい。
ローラントは僅かに考える。
「……何とかどかして行くぞ」
「捕らえなくて良いのでしょうか?」
「必要はない」
きっと部下は法がある為、捕らえるかローラントに聞いたのだろう。だが返事は彼らしい、随分あっさりしたもの。
このローラントという男、見た目とは裏腹に騎士団長の割りには甘い。
「……ロゼッタ・グレア」
初めて彼に名を呼ばれ、一瞬ロゼッタは名前を呼ばれた事に気付かなかった。
「……え?あ、何……?」
「私は様子を見てくる。他の者はつかせるが、ここで待つように」
早口でそれだけ言うと、部下数名を残して彼は足早に列の前方へと歩いていった。それはあっという間だった。ロゼッタが口を挟む暇など無かったのだから。
残されたのはロゼッタとローラントの部下五名。いずれも騎士で、ロゼッタには強そうに見える。
(……あっちはどうなったのかしら……)
少しだけ気になるが、動いてはいけない。動くような素振りを見せれば、きっと周りの騎士に止められるに違いない。
ふと、騎士達を見た。今まで気付かなかったが、彼らは遠巻きにロゼッタを見ている気がする。その視線もどこか冷たく、嫌なものを見るかの様な瞳でロゼッタを見ていた。
魔族の疑いがあるロゼッタを敬遠しているのだ。
(嫌な感じ……)
幼い頃から魔族は不浄の者と教えられる。それは人間の国では共通で、魔族とは即ち人間の敵という事だ。
勿論、ロゼッタもそう教えられてきた。だが彼女自身は魔族に会った事がないので、実際はどうなのか知らない。それに人間皆が魔族を嫌悪しているわけでもないのだ。
(シスターは……魔族の本質を知らない私達は誤解をしているかもしれないって言ってたなぁ……)
自然と思い出したのは教会で修道女に言われた言葉。幼い頃に言われたので、その頃のロゼッタはその意味の半分ほどしか理解してなかった。
(魔族の、本質……?)
幼い頃から周りの大人達が言う魔族は野蛮で不浄、冷徹。血も涙もない蛮族だと。
だが、シスターの言う魔族の本質というものは他にある気がしてきた。シスターが言いたかった事は、もっと別の事なのだろう。
「……おい」
「え?」
後ろから声を掛けられ、ロゼッタは振り返った。
振り返った瞬間、きらりと光るものが横を掠めた。彼女の頬には赤い筋が一本描かれ、一筋の血が頬を伝う。
今何が起きたのか、ロゼッタは瞬時に理解する事が出来なかった。
数秒後にようやく、ローラントの部下の一人である騎士が剣を抜いていた事に気付いたのだった。
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