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ロゼッタはシリルと共に馬車に乗り込み、約十分馬車に揺られていた。道中は他愛もない会話をしていた。だがシリルは話が聞き上手であり、軽く話題を振ってくれたりするので、ロゼッタが退屈だと思う事はなかった。ロゼッタにとって、彼は本当に優しく大人な人であった。
ようやくラインベルに馬車が到着すると、シリルがまず先に降りる。
「ロゼッタ様、お手をどうぞ」
そして穏やかな笑顔で馬車の中のロゼッタに手を伸ばした。
「あ、ありがとうございます」
「足元気を付けて下さいね」
シリルの手に自らの手を乗せ、ロゼッタは馬車からラインベルへと降り立った。
掴んでみると案外シリルさんの手も大きいんだな、とロゼッタはふと思った。リーンハルトやリカードは長身の為、彼らと並んでいるとシリルはどうしても小柄に見えてしまう。だが、こうして見ると身長だって当然ロゼッタより高いし、手も彼女より大きいし固い。
「さて、行きましょうか」
シリルは微笑むと、ラインベルへ行く事を促した。
ロゼッタは頷くと彼と共に歩き出す。まだ町の外れとはいえ、既に市場の喧騒や子供たちがはしゃぐ声が聞こえてきていた。ここへは一度来た事があるが、相変わらず大きくて賑やかな町だった。
とりあえず町の入口までロゼッタとシリルは並んで歩いた。アルブレヒトは彼女から一歩引いた形で歩くが、シリルは嬉しい事に隣を彼女のペースに合わせて歩いてくれるらしい。
「ところでシリルさん、ラインベルのどこに行くんですか……?」
「特には決めてないんですが……ロゼッタ様はどういったお店に行きたいですか?」
一応、今回のラインベルへのお出掛けはロゼッタの買い物が主旨。となると、彼女の行きたいお店に行かなければ目的を達成出来ないだろう。
少しだけロゼッタは行ってみたいお店を考えてみた。雑貨屋や服屋くらいしか思い付かないのだが、別に行かなくても構わないと彼女は思っていた。だが、それらを除外すると食材を売る市場や武器屋などしか思い付かない。そんな所に用事など無いのだが。
「えっと、特に行きたいとこはないんですけど……」
「では適当に歩いてみましょうか。もし入ってみたいお店があったら、遠慮せずに言って下さいね」
シリルの提案により、二人はゆっくり町を散策してみることにした。
前はアルブレヒトとはぐれてしまう程人で溢れ返っていたが、今日はそれ程混んではいない。前回は祭りがあったというのもあるだろうが、見事に大通りは歩き易い。
「前に来た時も思ったんですけど、やっぱりアスペラルは豊かですね」
街並みを見渡しながらロゼッタはポツリ呟いていた。アルセル公国は豊かな町があれば、貧しい町も村も沢山あった。ロゼッタが住んでいたオルト村の一番近くの町に行ってみても、これ程賑わってはいないだろう。
それにアスペラルの街並みは見ていて温かく感じる。そこまで違う要素はない筈なのだが、アルセルの冷えた雰囲気は全く無かった。
「ええ、アスペラルは基本……豊かな町や村が多いですね」
彼の言葉に、ロゼッタは目を見開きながら彼を見上げていた。その言い方はまるで違う村もあるようである。
彼女の驚きの視線に気付いたのか、シリルは困った様に苦笑してみせた。
「やはり、一部は貧民もいます。北西部の一部は人間の国に近いせいか戦火に巻き込まれ易く、決して豊かとは言えない環境です」
「……」
突然の内容にロゼッタは言葉を失った。シリルから教えられたのは、とても綺麗とは言えないアスペラルの裏側。ずっとこの国全土が豊かで穏やかなのだと思っていた。
だが、魔族と人間の確執もロゼッタは知っている。全てが豊かな筈がないのだ。
「いきなりすみません、暗い話をしてしまって。でも……いつか必ず、これはロゼッタ様が知らなければいけない事です」
シリルは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。だが、彼は間違った事を言っているわけではない。何も知らない彼女に少しでも様々な事を教えようとしてくれているのだ。
そしてシリルは、どうかこれを心に留めておいて下さい、と懇願した。もしかしたら将来この国の未来を背負うであろうロゼッタに。
知りなくもない事を知る事、重い責任を背負う事、そして自分は何をするべきか考える事。それが国を背負う時に覚悟すべき事なのだと、ロゼッタは少しだけ悟ったのだった。
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