アスペラル | ナノ
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――その頃の離宮の中庭

 アスペラル騎士団第一師団の団長を務めるリカード=アッヒェンヴァルは、今の自分の現状を疑問に思っていた。
 彼の腕に抱えられているのは沢山の色とりどりの花。一国の騎士団団長の姿とは思えない程であった。まるでこれから軍服を着ながら、花を売り歩くようである。
 こんな姿部下や陛下には絶対に見せられない、とリカードは溜息を吐いた。特に、今は離れて暮らしている二人の弟に見られたら、確実にからかいの対象になるだろう。ただでさえ普段から弟達には兄と敬われてないのだから。

「お兄様、これも持って下さい」

 しかし、すぐ側で花を摘む可憐な少女はそんな兄の気持ちに気付く事はなく更に花を追加する。リカードは花を受け取り、腕の中の束に加えた。

「ラナ……摘み過ぎじゃないか?」

 するとラナと呼ばれた少女は、長い黒髪を翻しながら不思議そうな瞳でリカードを見た。

「そう、ですか?」

「流石にもう良いだろう。広間を飾るだけなら十分だ。むしろ、広間に飾る分にしても多い」

 冷静に考えれば確かに多めの量だった。広間に飾ると言っても、数か所の花瓶に生ける程度だ。もう充分な量は採っただろう。
 ラナは少しだけ浮かれているのだろうな、と彼女に聞こえぬ様にリカードは溜息を吐いた。ラナには今まで友達らしい友達はいなかった。それ故に、今回の事は特に張り切っているのだ。

「じゃあ、余った分はロゼッタさんの部屋に飾ってきますね」

 ラナはリカードから花を半分受け取り、楽しげに呟いた。
 リカードとしては複雑な心境だった。ロゼッタとラナの交友関係に関しては確かに認めた。離宮に住む事も認めている。しかし、今だに王位については意見は変わらない。リカードにとっての王は唯一人、シュルヴェステルだ。
 そんな微妙な立場に置かれているロゼッタと大切な妹が仲が良いという事は、リカードとしてもどういった態度を取れば良いのか計りかねる。

「……ラナは楽しいのか?」

 不思議と、そんな問いが彼の口をついていた。
 最初はきょとんとした表情を見せるラナ。今の問いの意味が分かりかねている様であった。

「はい、私は楽しいです」

 花が綻ぶような穏やかな笑みを浮かべてラナは頷いた。その笑顔は本当に楽しそうで嬉しそうで、リカードですら僅かに口元が緩んでいた。

「だからロゼッタさんには感謝しています。私が今ここでこうしていられるのも、ロゼッタさんのお陰でしょう?」

 だから今日はロゼッタさんに精一杯恩返しするんです、とラナは張り切って言った。
 そして、これが彼を複雑な心境にするもう一つの大きな理由だった。不覚ながらロゼッタには恩が一つある。彼女には感謝しているのと同時に、人としてならば認めても良いかもしれないという感情が生まれていた。
 リカードにしてみれば、これは予想外の展開だった。きっと一生彼女を王位後継者、ひいては王族の一員として認める事はないだろうと考えていたのだから。

「あ、お兄様。ロゼッタさんはどんな花が好きですか? 赤も青もお似合いだと思うんですけど……やっぱり、可愛らしい桃色や黄色の方が良いんでしょうか?」

 自分の腕で抱えた花を見ながら、ラナは隣のリカードに尋ねた。一応ラナよりはリカードの方がロゼッタに関わった時間は長い。だから彼女は聞いたのだろう。
 だが、ロゼッタさんには赤が似合うと思うんです、と言われても正直リカードは何と答えて良いのか分からない。

「あいつの好みなんて知るか……」

 特別親しくもない相手の好きな色や花を知っているわけがない。彼はそっぽを向きながら苦々しく呟いた。

「お兄様は、やっぱりロゼッタさんと仲良く出来ないんですか……?」

「……」

 先程から妙に機嫌の悪いリカードに、ラナは不安げに彼を見上げた。ロゼッタもリカードも互いにあまり良く思っていない事は知っているが、どうにか二人には仲良くなって欲しいと言う気持ちがラナにはあった。
 漠然と二人はどこか似ているとラナは思うのだ。似てるからこそ、二人ならば良い友人関係が築けるだろうとラナは考えていた。

「その、お兄様のお気持ちも分かります。お兄様がどれ程陛下を敬われていたかも……だから、ロゼッタさんの事は『後継者』としてではなく、ただのロゼッタさんとして見てはどうでしょう……?」

 ラナの言葉は結果的にリカードの複雑な心境の核心を突いていた。人として、そして友人として認める事ならば今の彼には可能かもしれない事だった。
 だが、リカードが彼女に言葉を返すことは無かった。しかし返事の代わりなのか、リカードはラナの頭に手を乗せるとポンポンと優しく叩いた。それがどういう意味を指すのか、ラナには測りかねるものがあった。
 意味を問おうと思っても、既にリカードは足早に歩き出していた。花を抱え直し、ラナは急ぎ彼の後を追ったのだった。



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