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それから身支度を終えたロゼッタは、シリルと共に馬車に乗って町へと向かった。
リーンハルトは離宮の門の前で二人が乗った馬車を見送ると、離宮の広間へ向かう。そこにはアルブレヒトが頼んだ仕事をしていてくれる筈。
「兄上、輪っか」
「…………あぁ、そうだね。見事に長細く切った色紙で作った輪っかの鎖だね」
リーンハルトが広間に足を踏み入れた瞬間、そんな気の抜ける様な会話が耳に入った。
一応、アルブレヒトは任せた仕事をしている様だが、どこかに方向がずれている。それにノアに至っては椅子に座り、悠々自適に読書をしていた。
「あれ、軍師さんだ……」
広間に入った音と足音で気付いたのか、ノアは面倒臭そうに面を上げた。リーンハルトに声を掛けたのは、彼なりの社交辞令かもしれない。
彼が本当に面倒臭いと思っていたら、声も掛けないし顔を上げることもないだろう。
「お仕事ご苦労様。アルしかしてないみたいだけど……」
床に座って黙々と作業するアルブレヒトを一瞥し、リーンハルトは溜息を吐いた。
アルブレヒトの周りには、色とりどりの色紙が散乱している。それを彼は長細く切ったり、輪を作って繋げたりしていた。
ノアはリーンハルトの視線の先を見ると、また本に目を向けた。
「……弟、張り切ってるみたいだし。僕が働くより効率良いでしょ」
「いやいや、俺はアルとノアに頼んだからな。少し、方向性ずれてるけど……」
「あぁ、少しじゃなくて大分ずれてると思うよ」
いけしゃあしゃあとノアは呟いた。そう思っていたのなら、是非方向の修正をして欲しかったものだとリーンハルト思う。どうせノアは最初からここに居たのだから。一応アルブレヒトの兄兼保護者ならば、それ位の責任はあるだろう。
だが相手はノア。そんな事を言ったところで、彼は無視を決め込むか、我存ぜぬといった顔をするに違いない。
「んで、アルはどうしてそれを作ってんの?」
「折り紙の輪っか、チキンの二つは必須。兄上言っていた」
どうやら元凶は近くにいたらしい。
「ノア?」
「…………いや、冗談半分だったんだけど」
冗談で言ったものの、素直なアルブレヒトは兄と慕うノアの言う事を信じてしまったらしい。そして今に至る。あまりにも真剣に作業を始めたアルブレヒトに、ノアは何も言えなかったようだ。
アルブレヒトが何故こうも真剣なのかは、当然ロゼッタが関わっている。彼は純粋にロゼッタに喜んで欲しかったのだろう。
「……まあ、いいや。一生懸命作った物なら、ロゼッタお嬢さんも喜ぶでしょ。あ、ところでリカードは?」
最初はこの部屋にはアルブレヒトとノアの他に、リカードもいた筈である。
あまりロゼッタを良くは思っていないリカード。彼は部屋に戻ったのだろうか、と考えているとノアは何かを思い出した様に口を開いた。
「あ、そういえば…………室内に飾る用の花を摘むのを手伝わされてたよ」
「え? 誰に?」
あの常に仏頂面で、不機嫌そうなリカードに花摘みを手伝わせるなんてある意味勇者だろう。興味津々にリーンハルトは尋ねた。
「騎士長の……妹、だっけ?」
基本、人の名前を呼ばないかつ覚えないノアは曖昧に言う。やや首を傾げながら、ぼやけ気味の記憶を掘り起こしていた。
「あぁ、ラナちゃん?」
リーンハルト自身はあまり言葉を交わした事がないが、一応部下の妹くらいは把握している。それに離宮でロゼッタ付きの使用人として彼女を選んだのも彼だ。歳の近い彼女ならばロゼッタも安心できるだろう、という考慮であった。
ちなみに余談なのだが、ロゼッタが来る前の本城で仕事をしていた頃、何度かリーンハルトはラナに声を掛けようとした事がある。しかし、どうもリカードは鼻が利くらしい。いつもタイミング良く現れては、ラナを女好きのリーンハルトから遠ざけていた。そしてラナには近付くな、と睨んでいた。
「そっか、ならいっか。ラナちゃんにも話は伝わってるだろうし、そっちは任せようっと」
今頃リカードは不機嫌そうに「お花摘み」をさせられている事だろう。その光景を想像し、リーンハルトは吹き出しそうになってしまった。
「んじゃ、俺は他にもする事あるから……後は頼んだよ」
リーンハルトはそう言い残し、軽い足取りで広間を後にした。
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