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「それで、買い物って私とシリルさんで行くの?」
この場にはロゼッタの他にリーンハルトとシリルしかいない。リーンハルトの様子からして、彼は行く気はなさそうである。
いつもなら従者であるアルブレヒトが付いてくるのだろうが、今は仕事があるらしく一緒にはいなかった。
「ええ、ロゼッタ様の供は私だけになります」
珍しい事もあるものだ。アルブレヒトやリカードが単体でお供につく事はあっても、今までシリルだけがお供になる事はなかった。
「アルは他の仕事があって、一緒に行けないんだよ」
だから二人で行ってきてね、とリーンハルトは言う。
「私だけでは頼りないかもしれませんが、精一杯アルブレヒトの分もお供しますので」
シリルはそう言うが、ロゼッタはそんな事はないと首を横に振った。彼は少し頼りなさそうに見える事もあるが、優しくて気が利く人間だ。ロゼッタにしてみれば、離宮の知り合いの中では頼りにしている部類である。
もし何かと戦うという事になれば頼りになるのはアルブレヒトだが、普通に町を探索するのならば断然シリルの方が頼りになる筈である。
「それじゃ、そろそろ講義終わらせよう。ロゼッタお嬢さん準備してきたら?」
「そうね、そうするわ」
ロゼッタが離宮内で着ている服は所謂上等な物。一般庶民が着ているわけがない位、素材も作りも良いのだ。彼女が町に降りる時は、基本庶民向けの衣服を着ているようにしている。何故なら周りに溶け込めるようにだ。
シリルと後でもう一度落ち合う事を約束し、ロゼッタは一度着替えるべく部屋を後にした。
「……シーくんってば、途中でバラしそうになるんだもん。俺ハラハラしちゃった」
室内に残ったのはリーンハルトとシリル。しばし沈黙が流れたかと思えば、リーンハルトがポツリと漏らした。
彼の言葉に、シリルはすみませんと苦笑いを浮かべる。
「つい……いや、あれは軍師も悪いと思います」
「冗談なのにー。あ、んじゃ後は頼んだよ。夕方頃まで適当にロゼッタお嬢さんを連れ回してて」
クックッとリーンハルトは含みのある笑みを浮かべた。悪巧みをしている子供の様な、ある意味無邪気な表情だった。
そんなリーンハルトを見てシリルは肩を竦める。こうやって彼にシリルの提案を呑んで貰えて良かったが、ここまで彼が乗り気になるとは思ってもみなかった。
だが、リーンハルトの気持ちも分かる。普段は楽しめる様な催しなど離宮にも本城にもない。些細な事でもこうやって楽しめるのが嬉しいのだろう。
「はい、了解しました。ですが……本当に私で良かったんですか?」
お供ならアルブレヒトやリカードの方が適任だとシリルは言いたいらしい。確かに戦闘能力的に言えば、リカードは優秀だ。それにアルブレヒトもまだ幼いながらも、日々成長している。
「アルじゃ、うっかりバラしそうだし。それにリカードは絶対に嫌だって言いそうだから」
「そりゃ、そうですけど……」
リーンハルトの理由も納得出来るが、それでもちょっとした不安が拭えなかった。
「大丈夫だって。今日はただのお買い物のお付きだけだから」
「そう、ですね」
だがリーンハルトの言う通り、今日は買い物に行くだけ。その程度ならば大丈夫だろうとシリルは思ったのだった。
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