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「……ほら、あれ。買い物だよ、買い物。ロゼッタお嬢さんの必要な物を買い出しに行こうって事」
そしてしばし沈黙が流れた後、リーンハルトの口からは言い訳にも聞こえる説明が出てきた。何だか嘘臭くも感じるのだが、リーンハルトとて腐っても軍師。表情は読み取り辛かった。
すると、自分の失態に気付いたシリルは「そうですそうです」とリーンハルトの言葉に同意していた。二人にこう言われては、一人でこれ以上問い質すのは難しい。
だが、ロゼッタから二人に注がれる視線は未だにどこか訝しげであった。
「買い物……?」
彼女の声音は二人を怪しく思っている様で、いつもより若干低かった。視線で詰問するかのように二人を交互に見る。
「そう、何だかんだ言ってロゼッタお嬢さんの身の回りの物って、俺が命令して用意させた物でしょ?」
それは離宮に来たばかりの時、ラナに聞かされた話だ。ロゼッタが来る前に彼女好みの調度品などは軍師であるリーンハルトが用意したらしい。
男のくせに妙に女の子に詳しい。部屋に用意された家具も、彼女が身に着ける服も装飾も彼女の好みに合わせており趣味も良い。
「だから、町の案内ついでに必要な物とか買ってきなよ。最初の頃のままじゃ寂しいでしょ」
「そりゃ、そうだけど……」
まるで箱庭の様に用意された部屋の中では不自由はないが、ロゼッタの物と呼べる物はない。全てがリーンハルトが用意した物。それに、生活しているとたまにあれが欲しいやこれがあったら良いのに、と思う事もあった。
だが、ロゼッタには一つだけ大きな問題があった。
「私、お金無いんだけど」
アルセル公国の通貨であれば雀の涙程度持っている。きっと駄菓子くらいしか買えないだろう。
それにここはアルセル公国ではなくアスペラル。当然アスペラルの通貨など持っていなかったし、働いているわけでもないので稼いだ事もない。彼女は文字通りの無一文だった。
すると、リーンハルトは大丈夫大丈夫と根拠もなく笑った。
「お兄さんがお小遣いあげるよー」
少しだけ、ロゼッタとシリルの表情が固まった気がした。
「あんたが言うと、すっごく怪しい響きなんだけど……」
「ぐ、軍師……お金と引き換えに、後からロゼッタ様にいかがわしい事を要求する気じゃ……」
「いやいや、冗談だよ? ロゼッタお嬢さんもシーくんも、何で真顔なの」
リーンハルト本人としては冗談の発言だったのだが、二人には彼の言葉が洒落には聞こえなかった。笑いながらの発言なので、尚更いかがわしい事を連想させたのだ。
「良かったです、冗談で……」
シリルはそう言って胸を撫で下ろした。彼の中ではリーンハルトはそう言う事もしそうなイメージがあるのだろう。残念ながら、ロゼッタも同じ様なイメージを抱いていた。
「一応、陛下からロゼッタお嬢さんを預かってるわけでだよ? 陛下の個人的なお金だけど、ちゃんとロゼッタお嬢さんを養う資金は頂いてるから」
リーンハルトも言葉は確かに真実だった。
ロゼッタの存在が公にされていない以上国の金を使うわけにはいかないので、この離宮を機能させる為に必要な経費は全て陛下の財産の一部。そして、預かった資金の管理をしているのもリーンハルトであった。
王の隠し子であるロゼッタをアスペラルに連れ、離宮に住まわせる任を受けた時に彼が王から多額の金も預けられていたのだ。
「だから、ロゼッタお嬢さんがお金の心配しなくていいから。陛下はロゼッタお嬢さんが不自由なく暮らせる分、俺に持たせてくれたし」
お金の心配をしなくていい、それはロゼッタにとっては嬉しい事だった。教会は少々貧しかったという事もあり、自由に使えるお金など無かったのだ。当然今の様な贅沢な暮らしなど夢だった。
働いてもいないのにお金の心配をしなくてもいい。嬉しい事の筈なのに、どこか彼女の中では「本当にこれで良いのだろうか」という意識があったのだった。
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