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「あはは、やっぱり……」
リーンハルトの態度を見て、シリルは怒る事なく苦笑した。彼女の何も知らなさそうなキョトンとした表情で、大体予想はしていたのだろう。
「えっと、これから何かあるの?」
彼女の午後の予定が無いのは周知の事実。何か予定でも入ったのだろうか、とロゼッタはシリルを見上げた。
「ええ、実はロゼッタ様をラインベルに誘いに参りました」
「ラインベル……?」
微笑むシリルの口から出たその名をロゼッタはよく覚えている。離宮近くにある町で、ついこの間アルブレヒトとお使いに行ったばかりだ。
だが、何故突然ラインベルなのだろうか。訳の分からないロゼッタは困惑の表情でシリルを見た。
すると、隣に座っていたリーンハルトはロゼッタの肩をチョンチョンと突っつく。何よ、と不機嫌そうな顔でロゼッタがリーンハルトを見ると、彼はにんまりと笑っていた。
「あれだね、デートだね」
「は?」
何を言い出すのかと思えば、リーンハルトはあまりにも子供じみた事を言う。冷めた瞳を彼に向け、ロゼッタは溜息を吐いた。彼の発言は七割方は笑えない冗談や嘘なので信じる事はない。
「変な事を言うのは止めて」
リーンハルトじゃあるまいし、シリルがそんな浮ついた気持ちで誘うわけが無いのだ。ロゼッタ本人としてはリーンハルトの発言など毛程も気にしないのでいいのだが、気まずい空気になってしまう上に、シリルにも大変失礼だ。
ごめんねシリルさん、と言い掛けながらロゼッタはシリルを見た。
「ぐ、軍師……別に、そういうつもりで誘ってるわけじゃないですよ……! 私がロゼッタ様を誘うなんて、恐れ多いですし……!」
シリルはロゼッタ以上に慌てていた。リーンハルトの些細な冗談に対して、シリルは過剰にな事に反応していたのだ。
ここまでシリルが声を荒上げるのも珍しいだろう。シリルといえば普段は穏やかな表情で、その顔から笑みを絶やす事はない。そして大人組の中では年齢的にも、精神的にも一番の大人である。あまりにも珍しい光景に、ロゼッタは口をポカンと開けていた。
「……シーくんの反応、可愛いでしょ」
すると、彼女の隣のリーンハルトは必死に否定をするシリルを横目に、笑いを堪えながらロゼッタに耳打ちをした。だが、彼の意見にはロゼッタも大いに同意だ。
二十六歳の大の大人の反応とは思えない程、シリルは慌てふためいていた。ある意味、初(うぶ)だと言えるだろう。リーンハルトの発言を冷たくあしらったロゼッタよりも可愛い反応だ。
「色恋沙汰とか、疎いからねー」
誰が、とは言わなくても分かるだろう。少々意外な気はしたが、シリルの反応を見る限りリーンハルトの言葉は真実のようだ。
ちなみにシリルは未だに二人の前で、早口の弁明を繰り広げていた。顔はいつもより少しだけ赤い。しかし、当のリーンハルトは聴いていないのだ。
「だ、だから、軍師違うんですって! ちゃんと聴いてるんですか?! それに軍師だって理由は分かるじゃないですか! 今日はロゼッタ様のか」
「ちょーっと待って、シーくん。それは駄目駄目」
半分以上シリルのを弁明は聞き流していたが、突如リーンハルトは慌ててシリルの口を塞いだ。急に座っていた彼がシリルの口を塞ぐ為に立ち上がったのには、流石にロゼッタも目を丸くした。
今のシリルの言葉に、何故リーンハルトはそんなに慌てていたのかも謎である。
「か……?」
確かにシリルはそう何かを言い掛けた。ロゼッタは困惑と疑惑の目を二人に向け、返答を待ったのだった。
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