アスペラル | ナノ
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 リーンハルトが取り出したのは、茶色の皮で装丁された分厚い本であった。杯とアスペラルの文字が描かれているが、大分古い事を少し変色した紙が物語っていた。
 どうやらこの本は来た時から、ロゼッタに気取られる事なく彼の横の椅子に置かれていたらしい。

「何の本……?」

 少し興味を持ったロゼッタは覗きこむ様に本とリーンハルトを見比べた。彼はにこにこと笑っていた。

「楽しく学べるアスペラルの歴史ー」

「え?」

 兵法を学ぶ為に来た筈なのに、彼が歴史の本を取り出した事にロゼッタは困惑を隠せなかった。首を傾げている彼女がそれ程面白かったのか、形の良い彼の唇は弧を描いたままロゼッタを見ていた。

「歴史を馬鹿にしちゃいけないよ、ロゼッタお嬢さん。アスペラルは長ーい歴史の中、色んな戦争や政争を経験してきた。そこで役に立ってきた知識や経験は今でも役に立つんだよ? それに昔の事をじっくりと調べていけば、新しい事を知ることも出来る」

 今の説明は難しかったかな、とリーンハルトは尋ねてきたがロゼッタは首を横に振った。彼の言いたい事は何となく分かる気がしたのだ。
 良かったと微笑むと、リーンハルトはその茶色い装丁の本をロゼッタに手渡した。見た目が分厚いとは思っていたが、実際に手に取ってみるとずっしりとくる重さである。
 だが、少しだけロゼッタはドキドキしていた。まず村にいた頃なんて、歴史など勉強する事はなかった。歴史なんて勉強しても農作物が育つわけではない。本を持った瞬間、学べるのだという実感が湧いたのだ。

「これ、全部読むの……?」

 辞書並みに厚い本を見た後、リーンハルトを見上げた。彼はうん、と無駄に爽やかな笑みを浮かべていた。

「まあ、一気に読ませるわけじゃないよ。少しずつ頭に入れていかなきゃ、ロゼッタお嬢さんの頭がついて来れないでしょ?」

 返す言葉見付からない。本当の事なので、少し馬鹿にされていると思いつつもロゼッタには反論出来なかった。

「あと、一字一句覚えろってわけじゃないからね。アスペラルがどういう風に創られ、どういう道を歩んできたか知って欲しいだけ」

「ふーん」

 パラパラとロゼッタは本を捲ってみた。どうやら一枚一枚の紙は薄い。だが、その分枚数は半端ない量に達していた。ざっと見ただけで五百は超えそうである。
 歴史を勉強するのは楽しいかもしれないと思った矢先、これは過酷そうだとロゼッタは思った。

「ハルトも歴史は勉強したの?」

 軍師ならば当然だろうが、ロゼッタの口からはつい当たり前の問いが飛び出ていた。言った後にアホな質問をしてしまった事に気付いたが、リーンハルトは「そうだよ」と笑っていた。

「シルヴィーが色々と教えてくれたから」

「お父さんが?」

 ロゼッタは目を見開いてリーンハルトを見た。ここで父が話題に出てくるとは思ってもいなかったのだ。
 前々からリーンハルトとロゼッタの父は仲が良いとは思っていた。王を親しげに愛称で呼ぶ事自体、普通ならば考えられない事。ロゼッタは二人の関係に興味があった。

「ハルトって、お父さんと仲良いわよね……?」

 中途半端な疑問形で聞いてみると、そうかもね、とリーンハルトは笑って答えた。

「気になる?」

 そう聞かれれば、気にならない方がおかしいだろう。聞きたくてうずうずしていたロゼッタは素直に頷いた。
 そんな彼女を見てリーンハルトは僅かに苦笑した。

「シルヴィーが教えてくれたのは歴史だけじゃないよ。幼かった俺には他にも魔術とか剣術とか、色々教えてくれた。シルヴィーは俺を…………息子の様に可愛がってくれたかな」

 懐かしく語る彼に、ロゼッタは羨ましさを感じた。娘である自分はずっとアルセル公国の孤児院にいた。だが、血の繋がりはないリーンハルトはまるで息子の様に可愛がられていたというのだから。


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