3
「何で、わざわざ隣にいるの……?」
ロゼッタにしては珍しく低く、棘のある言葉が右隣に座る男に突き刺さった。
だが、彼女の隣に座る男はそれでめげる様な男ではない。むしろ辛辣な言葉を投げ付けられても、冷たい視線の的になろうともものともせず、逆に喜べる様な性格をしている。
「何でって?」
ロゼッタの銀の髪を一房左手で掬い、頬杖をついた端麗な容姿をした青年は口元に笑みを浮かべる。だがそれとは対照的に彼女は眉を寄せた。
「今日、あんたの講義があるから来たんだけど……」
「それはロゼッタお嬢さんの隣が俺の場所だから」
「真面目な顔して変な事言ってないで、さっさと話を進めて」
ときめくよりもまず先に、彼の相手をする事にげんなりとしてしまう。ロゼッタは不機嫌そうな表情で隣のリーンハルトを睨んだ。
今日はリーンハルトによる兵法や王に必要な態度・識見を身につけるための講義があった。あまり乗り気ではなかったが、いつも通りに講義を受ける部屋へ行くとリーンハルトは真面目に講義を行うどころか、ふざけて隣に座る始末。
苛々としながらも、ロゼッタは大人しく座っていた。
「一応、今日はどういう風に講義しようか考えてきたんだ」
しかし、彼も一応真面目な所はあるらしい。無知な彼女が理解できる様になるにはどうしたらいいか、考えてきたという。
「え? そうなの?」
いつも、というより今もふざけていたリーンハルト。その姿からはちゃんと考えてくれているとは、思ってもいなかった。
なんだ今までの悪ふざけは冗談だったのね、とロゼッタは胸を撫で下ろす。彼だって真面目に考えてくれる事もあるのだと感心した。
「考えたんだけど……俺、兵法とか教えるより、保健体育的な事を教える方が得意だと思うんだ。特に実技で」
しかし、しみじみと呟くリーンハルトにロゼッタは固まった。自分で言っておきながら、彼は納得する様に何度も頷いていた。
「教科変更しちゃ駄目かな?」
「駄目に決まってるでしょ!」
ここで教科の変更を許してしまえば、何をされるか分からない。いや、想像出来るのだが想像はしたくない。少しだけ青ざめながらロゼッタは首を横に振った。
あまりにも必死な彼女に、リーンハルトは「あははは」と笑い声を立てた。
「冗談だって、半分ね」
それでも半分は本気なのだから油断出来ない。ロゼッタは呆れて溜息を吐いた。この調子では、今日ちゃんとした講義が出来るかすら不明である。
別に兵法が勉強したいわけではないが、勉強しないのであればこの部屋に来た意味がない。
「さて、ロゼッタお嬢さんは兵法は何を勉強すると思う?」
すると、ロゼッタの考えていた事を見透かしたのか、いきなり気を取り直してリーンハルトは問いた。突然の、しかも脈絡のない質問にロゼッタは慌てふためく。
「え? 兵法? えっと……」
よく考えれば、彼女と兵法は最も縁遠いと言えるだろう。兵法とは何かと問われれば、明確な答えなど出る筈も無かった。
彼女はしばらく考えた後、軍の動かし方かしら、といかにも在り来たりな発言をした。
「半分当たり。でもそれだけじゃない」
意味深長な笑みを浮かべ、リーンハルトは一冊の本を取り出したのだった。
(3/25)
prev | next
しおりを挟む
[
戻る]