アスペラル | ナノ
28


「……そこは謝ります、お兄様。自分の力量を見誤っていました」

 リカードの問い詰める様な口調に、ラナは冷静に答えた。
 ただそんな二人のやり取りを、ロゼッタは不安げに見守っている。ラナは離宮に戻ったらリカードとちゃんと話し合う、と言っていた。だが、ここでまた衝突してしまったら元も子もない。

「ですが……」

 そこで一度言葉を区切り、ラナは立ち上がった。背の小さい彼女は大分リカードを見上げる形となるが、自然と彼とは渡り合えていると思えた。

「私は間違った事をしたとは思っていません、絶対に」

 彼女の言葉が一人で森へ入った事を指すのか、それとも王族付きの使用人になった事を指すのかは分からない。
 だが、毅然とラナはリカードの瞳を見つめる。兄妹だというのに、一方は赤で、もう一方は青という対称的な色合い。
 そんな二人は似ているのだとロゼッタ思う。瞳や顔立ちは似ていなくても、不器用に互いの幸せを願う姿は。

「私は……自分の意思で、全てを承知でここにいるんです!」

 しっかりと兄に自分の気持ちを伝える事を、ラナは忘れていなかった。胸に手を当て、意志の強い瞳でリカードを見つめる。

「知ってるんです、ロゼッタさんに仕える事で……危険な目に遭う事は」

 ラナとて馬鹿ではない。王位継承争いの渦中にいるロゼッタに仕えるという事がどういう意味を持つかは、前々から分かっているつもりだった。側で仕えれば殺される危険が高い事も。
 万が一の場合は、ラナがロゼッタの身代わりをして死ぬ事だってあるだろう。

「でも、私はもう……子供じゃないんです。それでもお兄様の幸せを願ったり、お側で支えようと思ったりしてはいけないんですか?!」

 これがラナが伝えられる精一杯の気持ちでもあった。
 リカードが社交界で上手くやる事ができず悩んでる時、ラナは見てるしか出来ない子供だった。だが、今は何も出来なかった頃の自分ではないとラナ自身は思っている。
 今は隣で歩きながら、少しでも役に立つ事ができる、と。

「私は、男でもなければ、お兄様の様に火の魔術も剣も使えません。でもこの先、お兄様に心配させる様な事も、先に死ぬ様な事も絶対に致しません……!」

 だからラナは願った。ロゼッタに仕い続ける事、そしてリカードの側にいる事を。
 ロゼッタはすぐ側にいたリカードの表情をこっそり盗み見た。ロゼッタの事など気にも留めず、複雑そうな表情を歪めてラナの事を見ていた。
 彼は迷っているのだ、とロゼッタは直感した。ラナの気持ちは凄く伝わった事も有り、嬉しいと感じるのだろう。だが、絶対にロゼッタに巻き込まれても死なないという保障はない。彼は兄として、ラナを守りたいのだから簡単に判断を下す事は出来なかった。

「……俺にとっては、いつまでもお前は子供みたいなもんだ。大切な妹、だからな」

 少しだけ哀しそうにリカードはラナの頭を撫でた。柔らかい手触りの自分と同じ黒い髪を、愛しそうに優しげに触っていた。そこには妹への深い愛情が汲み取れる。
 リカードにとってラナは、いつまでも幼い可愛い妹だと思っていた。しかし、知らぬ間に成長していた事を嬉しくも思うし、少しだけ寂しくも思えた。今ではリカードの手を離れ、しっかりと立っているのだから。
 ラナは少しばかり困惑した表情で、リカードを見上げていた。

「頼むから、今回みたいな心臓に悪い行動だけは起こさないでくれ。これだけは、守れよ」

 ラナの瞳が見開かれ、徐々に表情は晴れやかなものへと変わっていった。最初はリカードの言葉の意味が理解出来なかったものの、それが許しの意味を指している事に気付くのに左程時間はかからなかった。

「分かりました、お兄様……!」

 ラナは満面の笑みで頷いたのだった。

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