6
ロゼッタは今まで一度も自分を人間だと信じ疑った事は無かった。物心つく前から人間の国であるアルセル公国の教会に住み、人間に囲まれて生きてきたのだから。
当然自分も人間なのだと思っていた。むしろ、自分を疑った事すらない。
「お待ち下さい……!」
すると、村人達の中から女性が一人出てきた。
「貴方は……?」
「私はアン・オルコットと申します……村の教会の修道女でございます」
ローラントに名を聞かれそう答えた彼女は、先程までロゼッタを叱っていた初老の修道女だ。
騎士を目の前にして、彼女は毅然とした態度で彼らの前に立っていた。
「……確かに不思議な唄を謳う子が村にはおります。ですが、あの子は決して魔族ではありません。大切な我が子です」
(シスター……)
庇ってくれてる、確かにロゼッタはそう感じた。普段は怒ってばっかりで口煩いが、本当は母の様に優しいのだ。ロゼッタは自分の服をぎゅっと握った。
修道女のアンだってあんなに堂々としているが、本当は怖いに違いない。なのに、今はロゼッタの為に戦おうとしてくれている。
「……魔族ではないと言い切れるなら、大人しく連れて来なさい。魔族か人間かは、こちらで判断する」
「ですが……!」
「これ以上隠すならば、村の人間も反逆罪で捕らえる。それが嫌なら大人しくしていろ」
ローラントの冷徹な声が村中に響き渡り、しんと村は静かになった。この村は脅迫されているのだ、ローラントという名の男に。人質は村人全員といったところだろう。
(私が出ていかなきゃ、皆が……)
ロゼッタが出ていかなければ、村人全員捕われるのだ。嫌な汗がロゼッタの首を流れた。
逃げようと思えば逃げられるだろう。まだあちらはロゼッタを見つけていないし、ロゼッタの顔を知らない。だがそれは、村の皆を見捨てて行くという事だ。
そんな事、ロゼッタには出来なかった。
勿論、騎士団相手では正直恐怖心がある。ロゼッタも普通の少女だ、屈強な男相手に太刀打ち出来ない事は分かっていた。
(……でも……)
ここまで育ててくれた村の人達や修道女、可愛い弟や妹達の為にも行かなくてはならないと感じた。
それに、まだロゼッタ自身が魔族と決まったわけではない。もしかしたら、何か勘違いされている可能性もある。
「……よし」
意を決したロゼッタは、ゆっくり物陰から出て、村人と騎士団の間に立ちふさがった。
ローラントの目の前に立って、ロゼッタは彼を見上げた。長身だとは思っていたが、目の前に立つと更に高く見える。そして騎士だからか、彼には逆らえない威厳があった。
「君は……?」
彼の灰色の目に見下ろされ、萎縮してしまいそうになっているロゼッタがいた。威圧感が大き過ぎて、彼女は微かに震えていた。
しかし、もう引き返せない。ロゼッタは気を引き締め、空気を静かに吸った。
「私が、アナタ達が探しているロゼッタ・グレアよ」
「……そうか。ちゃんと出てきてくれるとは……協力に感謝しよう」
「だから、村の皆には手を出さないで」
「……そこは安心して良い。君に敬意を表して、何もしない」
彼の言葉にロゼッタはほっと安堵した。無表情で怖そうな彼だが、案外優しい。誠実そうな物言いに、嘘は感じられなかった。
「ロゼッタ……!」
「シスター……」
後ろにいた修道女がロゼッタに縋る様に近寄ってきた。ロゼッタを案じているのがよく分かる程、修道女の表情は暗かった。
ロゼッタは少しだけ困った様に笑うと、修道女の両肩に優しく手を置いた。手の温もりが、少しでも彼女を安心出来る様にと。
「私は大丈夫よ、シスター。人間だってちゃんと証明してみせるわ」
「守れなくて、ごめんなさい……」
涙を流しながら言う修道女の言葉にロゼッタはそんな事はない、と首を横に振った。
「ううん、シスターがああ言って守ってくれたから嬉しかったよ……気にしないで。私は大丈夫」
毎年プレゼントだけを贈ってくる父よりも親の様だった。それがロゼッタにとって、何よりも嬉しかったのだ。
「お姉ちゃん……」
見下ろすと、アンセルとリーノがロゼッタのスカートを握って彼女を見上げていた。二人の目には涙。子供であっても二人はロゼッタとローラントの話を理解していたらしい。
二人の瞳は「行かないで」と確かに訴えていた。
「ごめんね、二人とも。大丈夫、すぐに戻ってくるわ」
二人を安心させる為にロゼッタは優しく微笑み、右手でアンセルの頭を、左手でリーノの頭を撫でた。
「すぐに帰ってくるの……?」
「うん、もちろん」
戻ってこれる確証はない。だが、不安げにこちらを見ているリーノを更に不安にする発言など、ロゼッタには出来なかった。
しかしロゼッタ自身、自分が魔族だとは思ってはいない。とにかく出来る限り自分は魔族ではない事を証明するつもりだ。
「行ってくるね……」
最後にシスター、アンセル、リーノを抱きしめ、ロゼッタはローラントのいる騎士の集団へと向かっていった。
大丈夫、自分は魔族ではないと言い聞かせるようにして。
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