アスペラル | ナノ
26


「友人って言ってくれた事、すごく嬉しかったわラナ。友人なら……尚更、私だってラナばっかりに戦わせるわけにはいかない」

 考えるべき事は、ラナを逃がす事じゃない。二人で生き残る方法。ロゼッタは一歩前に出ると、ラナの横に立った。
 魔物の数は更に増えつつあった。一歩ずつにじり寄り、腹を空かせた彼らは舌なめずりをしながら獲物を見詰める。

(魔術を使いたくても、詠唱中に攻撃されたら終わりだし……私じゃ強い魔術は使えない)

 彼女がずっと魔術を使わなかったのは、使えなかったからだ。初級魔術では単体を狙う攻撃しかない上に、詠唱を必要とする。どんなに早口で頑張っても、詠唱中に襲われては助からない。
 だからといって、素手で戦うわけにもいかない。素手で敵う筈ないのだ。

「困ったわね」

「そう、ですね」

 ラナとて自分の持つ短剣が魔物を倒せるとは思っていないのだろう。せいぜい、人間相手に護身出来る程度の短剣だ。
 だが、それでも彼女は強く短剣を握っていた。気休め程度だが、彼女にとってはお守りの様に感じているのだろう。

「来る……!」

 近くにいた魔物が構えたのがロゼッタには見えた。魔物は後ろ脚を一本引き、頭を少し低くすると飛び出す様に駆け出した。まるでそれが合図になったかの様に、他の魔物達も飛び出してきた。
 彼らも相手が丸腰で、何も出来ない弱者だと野性的な勘で知っているのだろう。飛び出す事に何の躊躇も無く、喰らう事を愉しみにしているかの様だった。

「ラナ……!」

 咄嗟にロゼッタはラナを抱き締めて、その場にしゃがんだ。迫って来ていて、逃げる事も出来ない。自分でも分からない事に、考えるより先に自分の身で彼女を守ろうとしていた。

(あの時みたいに、火の粉が出れば……!)

 アルセル公国の騎士達に襲われた時、ロゼッタの周りから火の粉が出た事を彼女は思い出していた。威力は弱いものの、自分の身を守る事は出来たのだ。

(ハルトみたいな魔術が使えれば……!)

 自分の無力さが歯痒かった。リーンハルトみたいに風の盾を魔術で使えれば、この状況を覆す事が出来るのに、と。
 ロゼッタは目をぎゅっと瞑る。今度こそもう駄目だ、と思った。

 刹那、風がロゼッタの頬を撫でて、轟音を立てた。

 恐る恐るロゼッタが目を開けると、二人を中心に風が渦を巻き、二人を城壁の様に守っていた。決して触れるべからず。勢いよく飛び込もうとしていた魔物は、尽(ことごと)く弾き飛ばされていた。
 弾き飛ばされる位ならまだいい。運が悪い魔物はその体躯を引き裂かれてバラバラになっていた。

「うそ……」

 リーンハルトの様な魔術で守れたら、とは思ったが本当に叶うとは思っていなかった。
 だが、不思議な事にこの場には魔物以外にロゼッタとラナしかいない。ラナは水の魔術しか使えないと言っていたし、ロゼッタは火と氷の筈だ。

「な、何が、起こったんでしょうか……」

 徐々に止みつつある風を見詰めながら、ラナは茫然と呟く。彼女はそう思うのも無理はない。ロゼッタとて突然の事に言葉を失っていたのだから。

「ラナ……!」

 すると、遠くから叫ぶ様な呼び声が上がる。
 聞き覚えのあるその声に、茫然としていた脳内が叩き起こされたかの様に働き出した。ずっと聞きたかったその声に、ラナは面を上げる。

「お兄様……!」

 駆け寄って来るリカードの姿を見た瞬間、安堵で彼女の瞳が潤むのがロゼッタには見えた。


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