アスペラル | ナノ
23

 こんな事になったのは、ロゼッタ自身が引き金である事は重々承知していた。
 こうなっては絶対にラナだけは助けなくては、と彼女は決意する。まだ彼女はリカードとちゃんと向き合って話す、という大切な用事が残っているのだから。

「……ラナ」

 後ろからロゼッタがラナを呼ぶと、彼女は振り向く事なく「何でしょうか」という返事が返ってきた。彼女は緊張の面持ちで魔物を監視していた。

「巻き込んで、ごめんね。謝って許される様な事じゃないけど」

「いえ、そんな……」

 答えに窮しているのだろう。こんな生死に関わる様な事に巻き込まれてしまったのは本当なのだから。
 だが、今更悔いても時間は戻らないのだ、とロゼッタは自分に言い聞かせた。今考えるべき事は、ラナをどうにか助ける事。

「ラナ、静かに聞いてね」

 一呼吸置いて、ロゼッタは諭すように言葉を続けた。

「私が囮になって魔物の注意を引き付けるから……反対方向に逃げて。出来るだけ早く、離宮に向かって」

「え……?!」

 ラナは目を丸くして、首だけ振り返った。その言葉の意味を理解出来ている筈なのに、訳の分からないという表情を浮かべていた。
 彼女の青い瞳に、ロゼッタの微笑が映っていた。儚げに映るその光景に、ラナは「駄目です」と震えた声で首を横に振った。

「い、いけません……そのような事は私の役目です!」

 きっと使用人としてなら、ラナは使用人の鑑と言えるほどの献身さだろう。だが、ロゼッタは彼女とは主人と使用人という関係を望んでいたわけではない。それは友人――同等の関係だ。

「ちゃんと聞いて。私は別に死ぬわけじゃないわ」

 ラナを助けたいというのは確かに本心だ。だが、死にたいわけではない。まだ父親に会ってもいないし、オルト村の皆に再び会えたわけじゃない。死にたくない、という気持ちは強かった。

「私は比較的動き易い格好してるし、逃げやすいから逃げられる。それに私はこの森に詳しくないから、離宮に真っ直ぐ帰れるか分からないわ。だから、ラナには離宮に助けを求めて欲しいの、全速力でね」

 正直なところを言えば、魔物から逃げ切る自信はないし、物凄く魔物が怖かった。
 しかし、自分もラナも助かる方法としてはこれが可能性が一番高いと思えたのだ。だがそれは数ある策の中では、だ。確率にしてしまえば、生存率は決して高くない。むしろ極めて低いと言えるだろう。

「大丈夫よ、ラナ」

 悲壮な表情でロゼッタを見詰めるラナを宥めるように、ロゼッタは優しく語り掛ける。しかしその優しさが妙にラナの心をざわつかせた。

「いっせーのーで、で走り出しましょう」

「駄目です、姫様っ……!」

 ラナの悲痛そうな声がロゼッタを止めようとするが、それで彼女の決意が鈍る事はなかった。ゆっくりと彼女はカウントダウンを始める。
 ラナの耳にはやけに鮮明に、はっきりと聞こえた。まるでそれは、ロゼッタの命の刻限を告げる秒読みの様だった。

 いっせーのーで、とロゼッタ自身の口で火蓋が切られた。
 
 ラナに止める暇などない。ロゼッタはラナの制止などまるで聞こえないかの様に駆けていく。咄嗟に伸ばしたラナの手はロゼッタの銀髪に微かに触れたが、掴む事はなく空を切った。

 突然走り出したロゼッタに、魔物達はすぐさま気付いた。
 そして、ロゼッタに向かっていったのだった。本能的に地を蹴り、爪で地に跡を残していく。あと数秒で魔物はロゼッタに追い付き、その細い喉元を的確に食い破るだろう。魔物は人だって喰らうのだから当然だ。捕まった後の末路など考えなくても分かる。

 ラナの視界も思考も、やけに緩慢に動いていった。


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