21
「危険です、姫様……」
だが、強情なのはラナもなのだろう。そういうところは兄のリカードと似てなくもない。
先に帰っても良い、とロゼッタが言うと彼女は頑なに首を横に振って断った。主人である彼女も一緒でなければ、帰らないと言うのだ。
「でも、ハチを置いては行けないわ」
ラナに呼び止められた事で、既にハチの姿は見失ってしまった。しかし、追えば今ならまだ間に合うかもしれないという気持ちがある。
どうしてもロゼッタは戻ろうという気にはなれなかった。
「ですが……」
「ハチがいなくなったら、アルが悲しむもの。どうにかして連れて帰らないと」
悲しいのはアルブレヒトだけではない。ロゼッタだって悲しいし、たまにハチを撫でているシリルや意外にも餌を与えたりしているノアも悲しむ気がした。
すると、分かりました、とラナは呟いた。この森へ留まる事を理解してくれた、とロゼッタは思ったが意外にも違う言葉がラナから返ってきた。
「その、私も探すのをお手伝いいたします。やはり、姫様を置いて帰れません」
これ以上ラナに言っても聞かないという事が、ロゼッタでも手を取る様に分かった。どうやら彼女は思っていた以上に強情な様だ。ロゼッタやリカードにも負けていないだろう。
分かったわ、とロゼッタは苦笑した。本当なら猫を探す位なら自分でするものだが、ここまで彼女が言うのだ。
ならば手伝って貰おう、と思ったのだった。
「じゃあ、一緒に探しましょう。ハチはあっちに行ったから」
ロゼッタは先程ハチが駆けて行った先を指差した。
こうして彼女はラナと共にハチを探しに行く事となった。先頭をロゼッタが歩き、その後ろをラナがついてくるという形である。草を掻き分けながら二人は森を進んだ。
「ラナ、歩き辛くない? 大丈夫?」
剣術稽古用のズボンを穿いているロゼッタはまだマシだが、使用人の長いスカートを着用しているラナには森の地形は辛そうに見えた。
ロゼッタは少しだけ後ろを振り向きながら尋ねると、ラナは苦笑しながら大丈夫です、と答える。だが、ロゼッタには大丈夫そうには見えなかった。
「無理しなくていいのよ?」
「これ位平気です。姫様も無理はなさらないで下さいね」
お互いに心配しあう光景に、少しだけおかしくなって二人とも苦笑した。照れる様なむず痒い様な、そんな気分だった。
すると、ロゼッタはとある事を思い付いた。きっと言えばラナは驚くだろうが、彼女としてはその思い付きを実行してほしいという気持ちがある。
「ラナ、年も近いわけだし……姫様呼びじゃなくて、名前で呼んでよ。様付けとかも止めてね」
突然のロゼッタの申し出に、ラナは青い瞳を見開く。この反応はロゼッタの予想の範囲内ではあったが、あまりにも予想通り過ぎて苦笑した。
「私ね、この前までアルセル公国の田舎の小さな村に住んでいたの。しかも結構ボロい教会で、小さな子供達に囲まれて。ご飯も今に比べたらずっと質素だったわ」
懐かしみながら、何年も昔の事の様にロゼッタは語った。今よりずっと質素で貧乏だったが、それでも彼女にとっては楽しい思い出。
驚いていたラナだったが、大人しく話を聞いていた。
「だからね、あんまり『姫様』って感覚は無いの。年の近いラナには主人とか使用人とかそんなんじゃなくて、友達になって欲しいわ」
ロゼッタのありのままの本心だった。初めて出会った時も年の近い少女がいる事を知り、仲良くなれればと思っていたのだ。
そして今日、初めてラナを知った気がした。兄想いで優しくて、それでいて芯が強い。そんなラナだからこそ、改めて親しくなりたいとロゼッタは思った。
「ラナとなら、良い友人になれると思ったの」
「その……」
少しだけラナは答えに迷っている様にも見えた。
ずっとアッヒェンヴァル家の人間として、王家に仕える事を考えていた彼女にしてみれば狼狽するのは当たり前だった。貴族とはいえ、王族と親しくしていい者などほんの一握り。
だがラナは数ある貴族のうちの一つの末娘で、強い権力を持っている貴族でもなければ、親戚関係でもない。本当に良いのだろうか、と思うのは当然なのだろう。
その時だった。
人ならざる、獣の唸り声が聞こえたのは。
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