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すると、突然足元で「ニャー」という鳴き声が上がる。全くその存在に気付いていなかった二人は、足元を見て目を丸くした。
「あ、ハチ、いつの間に……」
ロゼッタはそう言って足元の白い猫を抱き抱えた。猫は彼女の腕の中で身を捩らせながらも、彼女の胸に頬を摺り寄せる。
「姫様、その猫は……?」
ハチの事をよく知らないラナは、首を傾げながら腕の中の猫を覗きこんだ。瞳はロゼッタの様な水色に近い青で、毛はふさふさとした白い毛並み。首には深い青のリボンが結ばれていた。
しばらくこの離宮にいたラナだが、元々離宮で猫を飼っていなかった事は知っている。
「この前アルが拾ってきた猫なの。随分アルに懐いちゃったから、私の飼い猫って事で飼い始めたの。ハチっていうのよ」
「そうだったんですか」
兄のリカードと違って、ラナは猫が好きなのだろう。可愛いですね、と笑って少しだけハチを撫でていた。
しかし、よくアルブレヒトと一緒にいるハチがここに一匹でいるのは随分と珍しい。アルはどうしたの、とロゼッタは尋ねてみるが当然ハチが答える事はない。せいぜい一鳴きする程度だ。
すると離宮は広いので迷子になったのではないだろうか、とラナは言った。
「そうね、アルも探してるかも……連れて行ってあげなきゃね」
そう決めたのも束の間、ハチはロゼッタの腕の中から飛び出し、地面へと着地すると一目散にどこかへ駆けて行った。その素早い動きは止める暇もない。全てあっという間の出来事だった。
「ハチ!」
ロゼッタが呼び掛けてみるが、白猫は動きを止めず、青いリボンを揺らしながらだんだんと遠ざかっていく。
「姫様、あっちは裏門じゃ……」
白猫の駆けて行く方向を見て、ラナは心配そうに呟いた。
確かにハチが駆けて行く方向を見れば、そこには古びた鉄の門。既に錆付いて閉まらなくなったのか、人一人通れそうな隙間が開いていた。
身体の小さいハチはいとも簡単に門を抜けて行く。
「そ、外に出ちゃった……」
離宮の外壁と門を越えれば、外は少し丘になった森だ。小さい森とはいっても、正門から伸びるちゃんとした道以外、他は道の無い森になっている。一度そこに出てしまえば、探すのは一苦労だろう。
「私ちょっと探してくる!」
慌ててロゼッタ銀髪を振り乱しながら裏門へ向かって走り出す。丁度良く今は剣術の稽古用のズボンを穿いているため、いつものドレスよりは格段に走り易くなっている。
そんなに肉付きが良い方ではない彼女ならば、余裕で門の隙間を通る事は可能であった。
「ま、待って下さい姫様!」
一人残されたラナはロゼッタを止めようとする。
それもその筈、離宮の近くとは言え、周りは森。何がいるかは分からない。野生動物は勿論、小型の魔物だっている事もある。
しかし、ラナの制止の声も虚しく、ロゼッタの姿はすぐに見えなくなっていったのだった。
「ど、どうしよう……」
冷静に考えれば、誰か頼りになる人物に言うべきなのだろう。そして一緒に探して貰った方が安全と言える。だが頼りになる人物と考え、真っ先に浮かんだのは兄の顔。しかし、ラナは首を振って考えを打ち消した。
早く追い掛けなければハチは勿論、ロゼッタの姿さえ見失ってしまう。ラナは黒いスカートをぎゅっと握り締めると、裏門へ向かって駆けて行った。
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