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少しばかり前。ロゼッタは唄を謳っていたのだが、丘から見える村の様子に異変を感じとった。よく目を凝らすと、閑静だった村に何かが近寄っている。
「騎士……?」
ロゼッタは立ち上がると、ポツリと呟いた。
彼女の目に映っているのは馬に跨がった集団。腰には剣を、そして青い軍服。立てられた旗と軍服の腕の部分にはアルセル公国の紋章。
「アルセル公国騎士団……」
幼子でも見れば分かる。アルセル公国の紋章を掲げられる武装集団などアルセル公国直属の騎士団しかいない。
しかし、騎士団が来るなんてただ事ではなさそうだ。
こんな辺鄙な田舎に騎士団が来た事はそうそう無いだろう。ロゼッタとてこの村に十七年住んでいるが、騎士団が来たところなど一度も見た事はない。
「いきなり何……?」
言い様のない不安感に襲われるロゼッタ。普段ない事ならば、尚更の事だ。
気付けば、ロゼッタは村に向かって駆け出していた。この不安が杞憂ならば良い、そう思いながら。
ロゼッタが村に戻ると既に騒がしい状態となっていた。村人達も何故騎士団が村にやって来たのか、分かっていない様だった。村人皆が不安げに騎士団を見上げている。
村に戻ったロゼッタだったが、こっそり家の陰に隠れて様子を見ていた。
(……やっぱり国直属の騎士団……どうして?)
体格の良い騎士団の男達は皆険しい表情をしていた。その表情が、ロゼッタだけでなく村人達の不安も煽る。
この村の人間は皆顔見知りだ。だから、犯罪者がいないのは知っているし、国の法律を破るような事はした覚えがない。
すると、騎士団の中から一人の青年が出てきた。
まだ随分と若い。二十代前半か半ば辺りだろう。体格の良い男達に囲まれていて、少々痩せている様にも見えるがよく見れば体格は普通だ。むしろ、細身だがよく引き締まっている。黒髪で、前髪も後ろ髪も長い。後ろ髪は一本に束ねられ、長い前髪は左右に分けられて、切れ長の灰色の瞳を覗かせていた。
無愛想だが整った顔立ちだ。その表情が微かに冷徹そうにも見せている。
「……私はローラント・ブランデンブルグ。アルセル公国騎士団の団長だ」
その瞬間、村人達がざわついた。
それもその筈。ローラント・ブランデンブルグという名を知らぬ者はいない程、彼はアルセル公国内では有名な騎士だ。若くしてアルセル公国騎士団の団長を務め、国内で剣技で彼の右に出る者はいないと言われている。
彼の父もまた先の戦争では英雄とまで謳われる程の騎士だったらしい。
「……この村に、魔族が住み着いているとの報告を受けた」
「な?!」
そんな事、村人達もロゼッタも初耳であった。全員が耳を疑った事だろう。しかし、彼の表情を見る限り本気だ。
「大人しく魔族を引き渡せ。我々は魔族を公国反逆者として捕らえる」
「そんな事を言われても……私達は、何も……」
彼の話は寝耳に水の話だ。村人の一人が知らない、と困り顔で訴える。このままでは、関係ない村人さえ疑われそうだからだ。
すると、ローラントは顎に指をあて、何かを考える様な仕草を取った。
「……ならば、言い方を変えよう。この村に、不思議な唄を謳う少女がいるそうだな」
「?!」
家の陰に隠れながら様子を見ていたロゼッタは驚愕した。それはまるで自分を言われているようだ。いや、多分自分の事だ。ロゼッタの唄を聞いた人達は、皆口々に不思議だと言っていたのだから。
しかし、先刻ローラントは何と言った?
この村に魔族が住み着いている、そして不思議な唄を謳う少女。
それではまるで、ロゼッタが……
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