15
「それが理由じゃない……」
ただそう言ってリカードは手に力を込めた。
リカードが少し怖いと思いながらも、ロゼッタの頭の中は妙に冷静だった。明日には二の腕に痕が残っているかもしれない、と思っている程に。
ロゼッタが嫌いだからというのが理由ではないのなら、何が理由なのだろうかと彼女は考える。しかし、いくら考えても他に理由など考えられなかった。
「お前は、自分自身がどういう存在か分かっているのか……!?」
「え?」
リカードに問われ、不意を突かれた様にロゼッタは言葉を無くした。どういう存在かと問われた事もなく、考えた事もない。
「お前は、継承争いの渦中にいて、ルデルト家に命まで狙われている始末だ……」
それはロゼッタも知っている。アスペラルに来た頃にリカード本人から聞かされた話だからだ。ロゼッタの意思は関係なく、彼女の存在が今この国に波紋を作り、それのせいで会った事も無い人物に命を狙われている。
離宮に来てからはずっと平穏に過ごしていたので、忘れがちになっていた事実。それを思い出してロゼッタは僅かに表情を曇らせた。
「いいか、お前が命を狙われていて……被害に遭うのはお前だけじゃないんだぞ! 下手すれば、身近な奴だって殺されるんだ!」
身近な奴、という彼の言葉にロゼッタはハッとした。
身近な人物はアルブレヒトやリカード、シリルなども含まれるのだろう。だが、それだけじゃない。離宮に住む全ての人だって関係してくるのだ。ラナも決して例外ではない。
もしルデルト家がこの離宮に攻め入ったとしよう。そうすれば離宮内の人間は皆殺しされる可能性だってあるのだ。
「俺やハルトは戦えるからまだいい! だがな、お前の世話係になっているラナが巻き込まれたらどうしてくれる?! ラナが死ぬ場合だってあるんだぞ!?」
リカードが一番危惧していたのは、ロゼッタの王位継承争いにラナが巻き込まれる事だったのだ。最悪の場合、命を落とす危険だってあるのだから。
それは兄として、妹を守りたい故の言葉だったのだろう。
言いたい事が言えたからか、リカードは手を離し、ロゼッタを突き放した。
「分かったら、これ以上余計な事はするな。お前には俺の気持ちなど分かる筈もないだろうけどな」
そう言って、今日の稽古は無しだ、とリカードは地面にあった稽古用の木製の剣を拾い、踵を返そうとした。気の強いロゼッタでも、もう反論は出来ないだろうと思ってだった。
しかし、彼が離宮に戻ろうとした時、予想外にも呼び止められる。
「分かるに決まってるでしょ!」
彼が振り向いた瞬間、ロゼッタは大声でそう言ってみせた。面食らったリカードに、彼女は更に矢継ぎ早に言葉を吐き出す。
「私だって、教会ではお姉ちゃんだったから妹や弟は沢山いたわよ! 血は繋がってなかったけどね、私にとって大切な妹と弟だったから分かるわ!」
アンセルもリーノも、ロゼッタにとって大切な兄弟だった。血は繋がっていない。それに、今は離れて暮らしていていつ会えるかも分からない。だが、それでも兄妹である事は変わりなく、今でも大切な妹と弟だと思っている。
リカードの妹を守りたいという気持ちだって、ロゼッタには痛い程に分かるつもりだ。
「それでも……ラナの話を聞いてあげてよ! 私よりずっとしっかりしてて、リカードの事を支えたいって考えてるのに! 意見を押し付けるのはあんたの悪い癖よ!」
言いたい事を全て言い終わると、すっきりしたロゼッタはラナが帰って行った方向に駆けて行った。
取り残されたリカードはただ、彼女の背中を見送るしかなかった。
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