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勿論、リカードはラナを拒絶したかったわけではない。つい咄嗟に、感情に流されて言ってしまったに過ぎなかった。だが、ラナがそんな事分かる筈もない。
ロゼッタが後ろを恐る恐る振り向くと、顔を伏せた彼女がいた。一瞬で、彼女が悲しんでいるのは分かった。
「ラナ……?」
何て声を掛けたらいいのだろうか、そんな思いがロゼッタの中を駆け巡る。あんなに兄を想っていたのに、あんな事を言われてしまえば傷付くのは明白である。
リカードは押し黙り、あれ以上言葉を出そうとはしなかった。きっと彼も分かっているのだろう。今更弁明したところで無駄であり、ラナを深く傷付けてしまった自分には掛ける言葉がない事を。
「……すみません、ロゼッタ様。私、先に戻りますね……邪魔でしょうから」
そう言って一礼すると、ロゼッタの返事も待たずにラナは二人に背を向け、離宮へと向かって行った。ラナ、とロゼッタは呼び止めようとするが、彼女の歩みが止まる事はなかった。
俯いていたので、表情は決して見えなかった。もしかしたら、泣いていたのかもしれない。
見送るしか出来なかった二人。ラナの姿はすぐに離宮に消え、見えなくなった。
「ば、馬鹿じゃないのリカード?!」
ラナの姿が見えなくなった瞬間、口火を切ったのはロゼッタであった。彼女は先程の倍以上に怒っていた。今にも彼に掴み掛りそうな勢いである。
「あんた、どうしてあんな言い方しか出来ないわけ!?」
「煩い、俺だって……したくてあんな言い方をしたわけじゃない」
リカードも後悔しているのだろう。今まで見た事無い程苦々しい表情を浮かべており、ロゼッタの言葉に対してもあまり突っかかる事はなかった。
「なら、何であんな事……!?」
「お前に何が分かる!?」
気付いた時には、リカードに思いっきり右肩を掴まれていた。指が食いこむんじゃないかと思う程に力を込められ、その痛みにロゼッタは顔を歪ませた。
間近にはリカード。睨むというよりは、射殺されるんじゃないかと思える程の赤い瞳に見つめられていた。まるで蛇に睨まれた蛙の様に、ロゼッタは動けなくなったいた。
「何故、俺がラナに仕事をさせたくないか分かるか……!?」
「し、知らないわよ……」
表情を強張らせながらも、必死にロゼッタは平静を保とうとしていた。ラナの為にも、ここでリカードに屈するわけにもいかないのだ。
「お前に仕える事がどういう意味か、お前自身分かってるのか?」
それについても顔を歪ませながら、知らない、とロゼッタは答える。大の男に力一杯掴まれるのは酷く痛かった。
そういえば、とロゼッタは肩の痛みに耐えながらも、昨日のリカードとラナの会話を思い出していた。あの時リカードは『お前があの女に仕えるのが気に入らない』とラナに言っている。
「……私の、王位継承も、王族になる事も嫌だから、仕えさせたくないの?」
初対面の時からリカードはロゼッタを嫌っていた。理由は勿論、彼女が王位継承するのも、王族になるのも嫌っての事。だから彼女はそれ故に妹がロゼッタに仕えるのが嫌なのか、と思った。
だが、予想外にもリカードからは違う、という一言が返ってきた。
水色の瞳を見開きながら、ロゼッタはリカードを見上げた。燃える様な赤い瞳と目が合う。
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