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これはもしかしたら王族の方――ひいてはロゼッタ様に対し不敬な気持ちです、とラナは静かに前置きを呟いた。
だが、ロゼッタは王族という意識は限りなく低い。まだ平民の気分が強い彼女は、構わないから続けて、と言った。
「……兄弟の中で一番下の私の面倒を見てくれたのは、特にリカード兄様でした。ロゼッタ様には辛く当たる事もありますが、私にとっては優しい兄なんです」
ラナがそう言うのだからそうなのだろう。
それにリカードはよくお人好しと言われているが、身内に優しいという事もあるのだろう。それは家族だけではなく、親しい友人も含まれる。シリルやアルブレヒトに対してああなのだから、きっと妹の事は可愛がっていたに違いない事はロゼッタにも窺うことが出来る。
「だけど、やはり社交界や騎士団を率いる事は相当大変な事だと思うんです」
まるで自分の事の様にラナは苦々しく呟く。
少し前にロゼッタはアルブレヒトから聞いた事があった。リカードはその家柄故に、昔から社交界などで媚を売る人間を沢山見てきて辟易しているのだと。他にもロゼッタには想像出来ない苦労もしてきたのだろう。
普段はロゼッタに対して偉そうな口をきく事もあるが、彼はまだ二十二歳という若さの青年なのだ。多くの騎士を束ねるのも、余程の苦労があるに違いない。
「だから、少しでも近くで支えられる様に本城の使用人になりました。家訓も関係ありませんし、正直言ってしまえば……私は兄様程、忠誠心が厚い者でもありません」
だから、彼女は不敬に当たるのだと前置きをしたのだろう。確かにこれを他の者に聞かれれば、咎められる可能性もある。だがロゼッタには咎める気もない。咎められるわけもなかった。
彼女の純粋な兄を想う気持ちが、痛いほどに分かる気がしたからだ。
「本当は男に生まれて、リカード兄様の様な火の属性の魔術が使えたら……もっと違う形で助けられたんですけどね」
そう言ってラナは力なく笑った。
ラナが火の属性を欲しがっていた理由が、ようやくロゼッタは分かった。彼女は戦いたかったわけではない。リカードを支え、一緒に戦える力が欲しかったのだ。
そんなラナをロゼッタは羨ましくも、純粋に凄いとも思える。ロゼッタは魔術を怖いとしか思えず、特に必要と思えなかった。しかし、ラナの大切な人を守る為に魔術を欲している姿がひどく脳裏に焼き付いたのだ。
「だから、まだ嫁ぐわけにはいきません。兄様はこんな仕事をせずに早く嫁いで幸せになれって言うんですけどね…………私は兄様にも幸せになって欲しいですから」
ラナの心の底から幸せを願う、温かい笑顔をロゼッタは初めて見た。
「それ、リカードには言ったの……?」
いいえ、とラナは少しだけ寂しげな表情で首を横に振った。
「聞く耳を持ってくれないんです。実家に戻れの一点張りで……」
リカードならば有り得る話だ。彼は少々真面目なせいか、こうと決めたら曲げない。頑固なせいもあるのだろう。
すると、ロゼッタはラナの手を取った。いきなり手を引っ張られたラナは、前のめりになりながらも驚いた瞳でロゼッタを見ていた。
「それ、ちゃんと伝えなきゃ! 言わなきゃ分かんないわよ、あの頑固者は!」
こんな事はお節介だとロゼッタにも分かっている。だが、それでもしっかりとラナの気持ちを伝えて、彼女の手助けをしてあげたいと思ったのだった。
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