10
「え?」
てっきりリカードとラナは恋仲だと思っていたロゼッタには、雷が走ったかと思う程の衝撃だった。それ程ラナの言葉には驚かざるをえなかった。
「ラナとリカードって…………兄妹、なんですか?」
ついロゼッタの口調が丁寧語になるほど、彼女は狼狽していた。今まで結婚する二人なのだと思い込んでいたせいで、衝撃は更に大きかった。
「はい、一応実の兄妹です」
何故そこまでロゼッタが驚いているのか分からないラナは、不思議そうな表情をしながらも頷いた。
「えええええええ?!」
ラナの答えを聞いて、更にロゼッタは目を見開いて驚いた。嘘ではなく、本当に兄妹らしい。突然彼女が大声を上げたせいで、ラナはその声に驚いてた。
ロゼッタはまじまじとラナを見詰めた。ラナとリカードの髪の色は同じく黒。だが、ラナの瞳の色は青で、リカードの瞳の色は赤。更に言ってしまえば、顔付きや雰囲気が全くと言って良い程似ていない。
兄妹だと言われない限り、まず気付かないだろう。
「似てませんよね、私とリカード兄様」
困った様にラナは苦笑する。きっとそれは本人も感じているのだろう。
「じゃあ、何でラナは使用人をしてるの……?」
リカードの妹ならば、家はアッヒェンヴァル家という貴族の筈だ。貴族の娘がどうして城の使用人なんかをしているのか、ロゼッタは疑問に思ったのだった。
だが、それについてはラナが詳しく説明をしてくれた。城の使用人などは、王族や国の重鎮の世話をする為、身元の分からない者を雇うわけにはいかない。出来るだけ安全な者をという事で、大きな商家の娘や階級の低い貴族の娘が雇われる事が多いらしい。また、一般庶民よりもそちらの方が教養ある者を雇えるからだ。
そして、ラナはもう一つ理由があると言う。
「アッヒェンヴァル家は代々国へ仕えてきました。『アッヒェンヴァル家の者は永劫王家への絶対忠誠を』という家訓がある程に」
「え? どういう事?」
その家訓と使用人をする事についての関係性が今一分からないロゼッタは首を傾げる。
「つまり、アッヒェンヴァル家の者は何かしらの形で国へ貢献しなければならないんです。アッヒェンヴァル家に生まれた男児は騎士や文官となり、女児は使用人となる事が決まりなんです」
今までロゼッタの中では、全ての貴族は王族とまではいかなくても、贅沢な暮らしをしていると思っていた。田舎の村で生まれたロゼッタには想像も出来ない様な贅沢を。
「私は五人兄弟で……一番上は姉なのですが、もう嫁入りしてますが、その前は私の様に城で使用人をしていました」
五人兄弟というだけでも意外な話だったが、ラナは全ての兄妹が何らかの形で国へ仕えている事を教えてくれた。
一番上の長女は昔ラナと同じく使用人をしていた。二番目に当たる長男リカードは今は騎士団の団長を。三番目の次男は本城で文官を、四番目の三男は屋敷の方で地方の自衛の為の騎士をしているらしい。そして、五番目の次女ラナは使用人というわけだ。
「それじゃあ、ラナは家訓通りに働いているってこと?」
ラナの意思は無視され、家訓に縛られるのはどういう気分なのだろう、とロゼッタは思う。もしかしたら、ラナは渋々自分に仕えている様なものなのかもしれない。
だが、いいえ、とラナは静かに首を横に振った。首を振る度に微かに揺れる長い漆黒の髪は、少しだけリカードを彷彿とさせた。
「結果的には家訓に従う形となりましたが、私は私の意思でこの道を選んだんです」
一つしか歳が違わない筈なのに自分よりもずっとしっかりしていて、彼女は自分の意思を貫いている。そんな事を漠然とロゼッタは思った。自分はまだ何処で生きていくかすら決めていないのに。眩しくも見えるラナに対し、ただただロゼッタの中では尊敬の念が生まれた。
(10/29)
prev | next
しおりを挟む
[
戻る]