9
「その、昨日の話を聞いちゃって……」
怒られる覚悟も、呆られる覚悟もしたロゼッタは思いきって呟いた。だが、これでは昨日の話とは何なのかラナは分からない。
当然わけが分からないラナは、首を傾げていた。
「リカードの部屋で、二人が話してたでしょ……?」
「あ、あれをですか……?」
ラナは怒っているというより、素直に驚いている様であった。全く立ち聞きされている事に気付かなかったのだろう。いつの間に、と言いたげである。
申し訳なさそうな表情を浮かべるロゼッタは伏し目がちになりながらも、そっとラナの顔色を窺った。やはり彼女は怒ってしまっただろうか、という不安が彼女にはあった。しかし、怒られても仕方ないのだ。立ち聞きをしてしまったのは自分なのだから。
ロゼッタは内心ビクビクしていた。自分が姫でラナが使用人という事は関係ない。むしろ姫という意識の低いロゼッタは、ラナに対して申し訳ない気持ちで一杯だった。
「本当にごめんねラナ」
頭を下げ、彼女なりの精一杯の謝罪を表した。
すると、ラナが「頭を上げて下さい」と慌て始める。仮にもラナは使用人なので、姫であるロゼッタに頭を下げさせるこの光景はまず見られるものではない。
「私は気にしていません、姫様。むしろ、変なとこを見せてしまって申し訳ありません」
立ち聞きされたにも関わらず、逆にラナに謝られてしまったロゼッタ。予想外の彼女の反応に、今度は逆にロゼッタが慌てた。
「そんな事はないわ。私が立ち聞きしちゃったから……」
「別に聞かれて困る様な内容ではないので、私は大丈夫です」
穏やかに微笑むラナに、少しだけロゼッタは安堵した。怒っているわけではなさそうだったからだ。
立ったまま話すのも何だから、とロゼッタの勧めで二人は近くにあったロゼッタのベッドに腰を下ろした。少しだけラナは躊躇していたが、彼女の勧めもあったのでロゼッタの隣に座ったのだった。
「その、ラナには縁談が来てるの?」
単刀直入な話だが、もう遠回りするのも面倒だったロゼッタは素直に疑問に思っている事を聞いた。ええ、とラナは特に気にする事なく頷いていた。
「どうして、断っているの?」
リカードが好きならば、承諾しても良いはずである。だが、ラナはあまり乗り気ではない様に見える。
「まだ結婚はしたくないんです。したい事が、私にはありますから……」
俯きながらラナはスカートの裾をぎゅっと握り締めた。そこには、ロゼッタには計り知れない決意が見え隠れしている。
そんなラナの横顔は、彼女が火の魔術を欲しがっていた時と同じ様な表情であった。どこか悲しげで、それでいて頑なな意思を含めている様な。
「したい事……?」
彼女のしたい事というのは何なのだろうか、とロゼッタは思う。使用人の仕事がそこまでしたい事なのだろうかと考えるが、そうとは思えない。
「お兄様の……リカード兄様の手助けをしたいんです」
大きく見開かれたロゼッタの水色の瞳は、ただ前を凛と見つめるラナの横顔を映しだす。
静かに告げたラナの告白は、やけに部屋に響いた気がした。
(9/29)
prev | next
しおりを挟む
[
戻る]