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溜息交じりに彼が言い放った言葉に、ロゼッタは耳を疑った。というよりも、衝撃的だったのだ。
(縁談? 結婚っていう事?)
何度も頭の中で「縁談」という言葉を反芻してみるが、出てくる答えは一緒だった。つまり、今ラナには結婚話が出ているという事だ。
ロゼッタに届いている情報は点々としていて、頭の中で上手くまとまらない。点と点を線で繋ごうと彼女は考えていた。
(えっと、ラナには結婚話が来てて……リカードはそれを勧めてるの? ラナは嫌がってるみたいだけど……)
だが、それではリカードがラナに縁談を勧める意味が分からない。ラナの父親や母親ならまだしも、一国の騎士団長が使用人に結婚を勧めるとは。
リカードはラナが働き続ける事を嫌がっていて、縁談を勧めている。そこで、ロゼッタはとある結論に達した。
(もしかしてリカードが、ラナに結婚を申し込んでるっていうこと?)
それならしっくり来ない事もない。矛盾も少ないし、今ある情報の中では話が繋がる。
リカードももう成人した男性で、結婚相手を探してもおかしくはない歳だろう。そこはアスペラルもアルセル公国も大体同じ様なものだ。
彼が結婚を申し込んでいる理由は分からないが、ラナは可愛いからね、とロゼッタは納得した。ラナの容姿ならば、見初める男性だっているだろう。それに守ってあげたくなる様な雰囲気の少女だ。
(確か、リカードって二十二歳で、ラナは十六歳よね……六歳差なら、まぁ、大丈夫か)
犯罪的な年齢差ではないが、どこか釈然としないロゼッタ。ラナがリカードを好きならば、ここは喜ぶべきなのだろう。だが、心の底から喜ぶ事が出来なかった。
それに一つだけ疑問が残る。仮にラナもリカードが好きならば、何故縁談を断っているか、だ。仕事を続けたがっている様にも見えるが、好きならば結婚しても良い気がする。
(どういう事……?)
ラナには深い事情でもあるのだろうか、とロゼッタは思った。例えば身分差。リカードは一国の騎士団長という重要な位置におり、実家は貴族だ。普通ならそう簡単に結婚できる相手でもない。
(でも、身分差とかそういう事を気にしてるわけじゃなさそう……)
考えれば考える程わけが分からない。ならば理由は何なのか、と聞かれたらロゼッタには答えが出ない。
「それでは、失礼します」
ロゼッタが思慮に耽っていると、ラナはきっぱりとリカードにそう告げた。先程まで言い争いが続いていたにも関わらず、ラナは埒が明かないと思ったのか、突然の退室を申し出た。
「待て、話は済んでいないぞ、ラナ」
当然リカードはそれを認めず、ラナを呼ぶ。しかし彼女は呼ばれても踵を返し、部屋の扉に近付いて行った。
そこでロゼッタはとある事に気付いた。今ロゼッタがいるのはリカードの部屋の前であり、ここでラナが出てくれば立ち聞きしていた事が明白なのだ。
(ヤバい……!)
段々と近付いてくる足音に、隠れなければ不味い、という事に瞬時に気付いたロゼッタは慌ててリカードの部屋の横の自室へ飛び込んだ。
今までの話は確実に立ち聞きして欲しくない類いの話だろう。それを好奇心で聞いていたなんて、何の弁明も出来ない。今彼女が出来るのは逃げる事だ。
幸いにもラナが部屋の扉を開けたのは、ロゼッタが自室の扉を閉じた瞬間で、そこにロゼッタがいた事はバレなかった。
ギリギリ難を逃れたロゼッタは自室に飛び込むやいなや、扉にもたれながらその場に座り込んだ。慌てたせいか、妙に心臓がバクバクと脈打っている。
(あ、危なかった……)
部屋を出た当初の目的など、最早彼女の頭の中には既にない。今占めているのはリカードとラナの結婚話くらいだろう。
(リカードがラナを、ね……ちょっと意外……)
だが、お似合いだとロゼッタは思う。リカードは小言は煩いし、気に入らない人間には酷い男だが真面目で世話好きだ。それにラナは可愛らしく、働き者な少女。
きっと二人が結婚したら良い家庭になる事は容易に想像出来る。
それに、リカードならラナを大切にするのだろう。先程話している時だって、心の底から彼女を心配する様な言葉だった。そんなもの、一度もロゼッタに向けられた事はない。
(私の事なんて、名前すら呼ばないくせに)
何故そんな事を思ってしまったのか彼女自身も不思議だったが、妙な苛立ちが彼女の心を占めたのだった。
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