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しかし、だからといってロゼッタに邪魔出来るわけがない。むしろここで怒鳴りながら入っても、気まずくなるのは目に見えている。
当初の目的に戻り、ロゼッタは広間へ向かおうとした。
「何で、分かってくれないんですか……!」
だが、リカードの部屋から鮮明に聞こえてきた少女の声に、ロゼッタの足は歩みを止めた。正直言えば、ドキリとしたのだ。ラナの声がした様に聞こえたのだから。
本来ならば、許されない行いである事はロゼッタも重々承知している。だが、彼女は耳を澄ませて部屋の様子を窺った。つまり、立ち聞きだ。そんな事あるわけがない、と思いながらも気になってしまう自分を抑えられなかった。
どうやら、声音からして室内の男女は言い争っている様にも聞こえる。
「分かるのも何も、俺はただ……お前に幸せになって欲しくてだな」
所々聞き取り辛いものの、その部分だけははっきりと聞こえた。どうやらリカードがラナと思われる少女に言った様である。
どういう意味だろう、とロゼッタは首を傾げる。リカードがラナの幸せを願っている様にも思える言葉だが、何故彼がラナに言うのだろうか、と。
(二人の関係って何……?)
どうやら、ただの騎士団長と使用人という関係ではなさそうだ。ロゼッタが思っていたよりもずっと深い関係にも思える。
更にロゼッタは扉に近寄り、耳を扉に近付けた。木製の扉越しだが、案外耳を澄ませてみれば聞こえるものだ。それにこの廊下は使用人の往来がほとんど無いのだ、物音も少ない。
室内では未だ何かを言い争っている様であった。リカードの諭す様な落ち着いた声音と、少女の怒気を含んだ声がロゼッタの耳を支配していた。
「私にとってそれが一番の幸せだと思うんですか?」
この台詞を言った少女の声に込められた感情は、怒りと悲しみ。姿は見えなくても、きっと彼女は感情を剥き出しにしてリカードに食ってかかっているのだろう。
普段のラナからは全く想像が出来ない様な姿である。気の強いロゼッタならば分かるが、彼女が怒るという事もあるのか、と。
(さっきから言ってる幸せって、どういう事?)
声音からして随分と真面目な話の様である。幸せという単語が出ているのだから、もっと明るい話である筈だ。
しかも、幸せによっても種類がある。ロゼッタなんかは美味しい物を食べられれば、幸せだと感じられるだろう。だが、二人の会話はそんな類いのものではなさそうだ。
「なら、こんな仕事をずっと続ける気か?」
リカードの声が更に鋭さを帯びて、目の前の少女に問い掛ける。声音の厳しさは問い掛けるというより、詰問するという方が正しいだろう。
ただ立ち聞きしているだけのロゼッタだが、その鋭さのあまりビクッと肩を震わせた。自分が言われたわけでもないのに、声だけで迫力があったのだ。きっと目の前だったら更に威力は増しただろう。
だが、続ける気です、と気丈な声が間を置かずに響いた。リカードに怯む事なく、ラナはすぐに言ってみせた。
ロゼッタには予想外であった。ラナの普段の姿を見ていれば、リカードに言い返すなど普通は出来ないだろう。まるで別人の様にも思える。
(こんな仕事って、使用人の事よね?)
城に仕えているという事は、普通に働くよりも給金も待遇も良いだろう。多少の仕事の大変さはあるが。ロゼッタの様な庶民にしてみれば、城の使用人など憧れの職に近いだろう。
だが、リカードはまるでラナに使用人を辞めて欲しそうに聞こえる。
「俺は反対だ。何より、お前があの女に仕えるのが気に入らない」
え、とロゼッタは眉を寄せる。あの女、というのは間違いなくロゼッタの事だろう。ラナが仕えているのは彼女なのだから。
まさかここで自分が出てくるとは思っていなかったロゼッタは、そのまま息を殺しながら耳を澄ませる。
リカード達は話すのに夢中になっているのか、ロゼッタに気付いている様子はない。騎士であるリカードならば気配で分かりそうな気もするが、今はラナと話している事の方が重要らしく、そこまで気が回っていない様だ。
「とにかく、こんな仕事を続けるよりも……とっとと、縁談を受け入れろ」
だが、更にリカードは言葉を続ける。それはあまりにも予想外で、衝撃的な言葉をだった。
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