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こう見えてラナは好戦的な性格なのだろうかと考えて、ロゼッタは首を横に振ってその考えを打ち消した。
どう考えても、そうは思えない。ロゼッタの目の前にいるのは、虫一匹すら殺せなさそうな少女だ。もっと違う理由かもしれない。
「あ、そろそろ行かないと。グレースさんから仕事を言われていたので」
理由を聞こうかと思ったロゼッタだったが、慌てて立ち上がるラナを見て口を閉じた。これから仕事の彼女を邪魔してはいけない、と思ったからだ。
立ち上がったラナは、手早く小さい黒い壺とタオルを纏めて手に持つ。
「それでは姫様、他に仕事がありますので失礼します」
「あ、うん、お仕事頑張ってね」
そしてラナは一礼すると、ロゼッタの部屋から出ていった。忙しい彼女を引き留めるわけにもいかず、ロゼッタはただ彼女を見送った。
一人部屋に残されたロゼッタは、そのまま寝っ転がりながらベッドの天蓋を見つめた。先程までラナが処置してくれた二の腕は、まだ魔術でひんやりとしている。
心地よいままの状態でロゼッタは寝ていた。
(なんか、さっきのラナ……雰囲気がちょっと違ったような気がする……)
火の魔術を使える様になりたかったと言っていたラナ。普段のおどおどとした雰囲気はなく、少しだけ哀しげにロゼッタの瞳には映っていた。
(……魔術って、そんなに大事なの……?)
前にアルブレヒトが言っていた言葉が思い出される。魔術使えるか使えないかは大きな問題、という言葉が。
魔術は魔族にとっては誇り。だからこそ、魔術が使えない者は蔑まれる。
ラナが哀しげな表情をしていた原因は魔術。アルブレヒトも魔術。理由は違うが、ロゼッタには魔術が不幸を呼んでいるかもしれない。
人間の国で暮らしていたロゼッタには分からない感覚であった。魔術が得意不得意でも、どんな属性であってもいいではないか、というのが彼女の考えである。
勿論、魔術を軽視しているわけではない。魔族が魔術を大切にしているのは分かっているのだから。
(やっぱ、人間の国で育ったから、こういう考えなのかしら? もし私が生まれも育ちもアスペラルだったら……魔術を基準にして考える様になってたのかな……ん?)
そこで妙な引っ掛かりを覚えたロゼッタ。よく考えたら自分が生まれたのはアスペラルなのか、アルセル公国なのか分からない。父親が彼女の存在を知っていたのだから、こちらで生まれた可能性が高い。
だが、ずっと失念していた事がある。ロゼッタは何故預けられたか、だ。
(……そういえば、私まだ……お父さんが教会に預けた理由知らないじゃない……!)
ローラントに魔族として捕まったり、父親の使いが現れたり、魔族の国へ向かう事になったりしたせいで、根本的な事を聞くのは忘れていた。
ロゼッタは慌てて上半身を起こした。一度疑問に思えば、こうしちゃいられない、と思ったからである。
身体を起こすとベッドのへりに座り、床に転がっていた皮のブーツを手繰り寄せて両足を突っ込んだ。適当に金具を締めると、扉に向かって歩き出した。
今更なのかもしれないが、ロゼッタには聞く権利があるし、聞かなければいけない気がする。
自室を出たロゼッタは、青いスカートの裾を翻して広間へ向かおうと歩き出した。
(聞くならシリルさんかハルトね……リカードは教えてくれなさそうだし)
聞くならば大人組だろう、とロゼッタは思った。アルブレヒトは知っている可能性が低そうだし、ノアは興味無い事はすぐ忘れる性質だからだ。
歩きながらすぐ隣のリカードの部屋の扉を一瞥しながら、彼は聞いても教えてくれなさそうだと決め付ける。だが、一瞥した瞬間、彼の部屋から声が聴こえてきた。
「リカード、部屋にいるの?」
てっきり仕事が休みの彼は広間にシリルといると思っていた。
小声で呟きながら、ロゼッタは部屋の前で立ち止まった。彼が部屋で独り言を言っているとは思えない。という事は、誰かと共に部屋にいるという事である。
(シリルさんかな……?)
しかし二人で話すならば広間でも十分な筈だ。それに、リカードの話し相手になっている人物の声はシリルより随分と高い。
しばし聞いていれば分かったが、相手は確実にシリルではない。シリルよりも高く、柔らかい声である。
(なんだか、女性っぽいけど……)
という事は、部屋に女を連れ込んでいるという事だろう。その事実に気付いたロゼッタは頬を引き攣らせた。
(ひ、人の部屋の隣で何やってんのよ……! ハルトじゃあるまいし!)
リカードは独身であり、まだ若い。そんな彼が部屋に女性と二人っきりとあれば、そういう誤解をするのはロゼッタだけではないだろう。
しかし、時間はまだ昼近い頃である。かぁっとロゼッタは頬を紅潮させた。
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