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ふと、頬を朱で染めながら慌てているラナはまるで、恋する乙女の様だとロゼッタは感じた。
「ラナはリカードが好きなの?」
気が付けば、思った言葉がそのまま口から飛び出ていたロゼッタ。言った瞬間、言わない方が良かっただろうか、とは思ったが既に時遅し。言葉はつっかえる事なく吐き出され、ラナの耳にもしっかりと伝わっていた。
「ち、違います、姫様……! そういうのじゃないんです!」
「う、うん……ごめん、ラナ」
あまりにも必死に言うものだから、ロゼッタは苦笑しながら謝った。必死で否定するあの迫力はロゼッタでも少しだけ狼狽してしまった程だ。
とりあえず、ラナ本人がそう言うのだからきっと違うのだろう。ロゼッタはそう思う事にした。実際はどうだか知らないが、ラナがあまりにも必死なのでこれ以上余計な事を言うのは可哀想な気もしたのだ。
いつもは大人しいラナだが、今はつい取り乱してしまった事を思い出し、ごほんっと彼女は咳払いした。
「では、最後に患部を冷やしますね」
腕に付いた薬草をタオルで拭き取り、ラナはロゼッタの腕に手を添えた。
冷やすと言ったのだから、氷や水で冷やすものだとてっきり思っていたロゼッタ。何をするのだろうかと不思議そうにラナを見つめた。
「 清らかなる流れ
其は数多の天恵
たゆたうと廻れ 」
鈴が鳴る様に、可愛らしくも凛とラナは詠唱した。
すると、ラナが触れていた部分がひんやりとしてきた。だが氷に触った時の様な冷たさではない。それはまるで、薄い水の膜に包まれているかの様に心地よい冷たさだった。
今まで味わった事ない感覚に、ロゼッタは不思議な気分に浸った。しかし癒されるかの様に落ち着くのだ。
聞かずともこれは魔術である事が窺えた。
ラナもこのアスペラルの国民であり、詠誓の民。魔術を使う事は出来るのだろう。
「不思議な、術ね……」
シリルが使った大地を揺らす様な術でもなく、リカードが使った敵をも飲み込む様な強大な術でもない。ましてやリーンハルトの自由な感じのする術でもなかった。
寛大な優しげな術だとロゼッタは感じた。
「私は水の属性が生まれつき使えるんです。少しだけ治癒……といっても、痛みを和らげる程度の術もあるんです」
「へー」
感心した様にロゼッタはラナを見つめた。今まで見てきたのは所謂「破壊する」魔術。だがこうして、もっと人の役に立つ様な術があるとは知らなかったのだ。
それと同時に、ロゼッタは羨ましく感じた。彼女が使える魔術は炎と氷。それも「破壊する」魔術なのだ。どうせならば、ラナの様な属性が使えれば良かったのに、と心の中で思った。
「良いわね、水の属性って。どうせなら、私は役に立ちそうなこっちの方が良かったわ」
「そうでしょうか……? 私は幼い頃から火の属性が欲しかったです」
「火?」
それはあまりにも意外な言葉だった。穏やかなラナが火の属性が欲しがるのは、ある意味不釣り合いにも思えた。
だが、属性は生まれつき一人一つ。たまに例外として二つ。それを分かりきっているラナは、既に諦めた様な表情を浮かべていた。
「どうして火なの?」
「水は他の属性と比べると、どうしても攻撃性が弱いんです。だから騎士団や各領地の自衛官になる時、あまり水は歓迎されません。魔術が重視ですから、やはり火や雷が優遇されます」
それは初耳である。軍部でそれぞれ欲しがる魔術の属性があるとは。シリルには教えられていない事である。
だが、それよりももっと気になった事が一つある。ラナが女官よりも、戦いを生業にする職に就きたがっていた様にも思えるのだ。
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