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「絶対無理だって言ったのに! リカードってば!」
翌日、見事に全身筋肉痛になったロゼッタは自室の天蓋付きベッドに寝っ転がっていた。口から漏れるのは当然リカードへの恨み言。
彼女の今朝の目覚めは最悪なものだった。身体の痛みで目を覚まし、起き上がるのも一苦労。更に着替えたりする時や食事をする時、一つ一つの動作に腕は必ず使わなくてはならない。その度に彼女は呻きながらゆっくりする必要があった。
シリルやアルブレヒトはおろおろとしていたが、当のリカードは悪そびれもせず平然としていた。それが更に彼女の癇に障ったのだった。
「大丈夫ですか、姫様?」
「大丈夫じゃないわ……」
困った様にベッドの横にいる女官のラナはロゼッタを覗きこむ。
あまりにも酷い痛みの様なので、急遽ラナがロゼッタの処置にやって来たのだ。今は小さな黒い壺に入った薬――筋肉痛に効くと言われてる薬草を磨り潰した物を、丹念にロゼッタの腕に塗り込んでいた。聞けばそれはノア製らしく、少しだけ不安が無いわけじゃない。
だが少しスースーとするものの、何だか腕が軽くなっていく様な気がした。
「痛くないですか?」
「うん、すごく気持ちいいわよー」
薬草を塗り込みながら軽く揉んでくれるので、痛いというより気持ちが良かった。
いくら使用人とはいえ年下のラナにしてもらうのは悪い気がしたが、これは彼女のお役目でもある。ロゼッタは素直に処置を受けていた。
歳が対して変わらないにも関わらず、特に話題が無くなってしまうと二人の間には沈黙が流れた。ロゼッタとしては一番年の近い女の子はラナだけなので、どうにか友達になりたかった。
「リカードってば、私に腕立てと腹筋を百回ずつさせたのよ? その上、離宮の周りを五周も…………いきなり無理に決まってるって言ったのに……ヒドイと思わない?」
すると、ふふふ、とラナは笑った。苦笑とも取れるが彼女はしっかりと話を聞いてくれる子だということを、ロゼッタは知っている。
「大変でしたね……騎士団長様は、いつも一般騎士の訓練をしている方ですから、きっと手加減を忘れたのかもしれません」
「そうかしら? 絶対あれは悪意があったわ!」
未だロゼッタを敵視しているリカードの発言は、明らかな悪意が込められていた。あわよくば人間の国に帰れば良いのに、という悪意が。
百回ずつの腕立てと腹筋をさせられ、ある意味瀕死の状態になっていたロゼッタ。そこへ追い打ちを掛ける様に離宮を五周走らさせたリカードは鬼としか言いようがない。
「少しは良い人だって思ってたけど、やっぱり好きになれないわ……」
溜息混じりにロゼッタは呟く。最初の印象は最悪で、離宮に来てからはたまに良い人だと思う事もあるが、やはりまだ好きにはなれない。
きっと、リカードがロゼッタを認めてくれない限り無理な話なのだろう。
「……騎士団長様は他人に厳しい方ですから、よく誤解されてます。ですけど、本当は優しい方なんですよ」
まるでリカードを庇う様にラナは静かに言った。
「リカードのこと詳しいのね」
女官である筈のラナが、騎士団を束ねる騎士団長であるリカードと接点があるとは思えない。あまりにも意外な出来事にロゼッタはラナを見た。
すると、そこには予想外な事に少しだけ頬を朱に染めたラナがいた。そんな事ないです、と彼女は首を左右に振る。
「べ、別に詳しくはないんです……よく、分からない人ですし……」
異様に慌てているラナ。そんな彼女を見るのは初めてだし可愛らしいとは思ったが、今は彼女が何故こんなに慌てているのか疑問に思うところである。
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