20
シリルの自室の前まで到着した二人は、息を呑んで扉をノックした。今の二人には、シリルだけが頼みの綱である。
しばらく静かであったが、少し経つと中から「待って下さいね」という、穏やかな声が聞こえてきた。
どうやら、ちゃんと室内にいたようである。入れ違いで外出していなくて良かった、とロゼッタは胸を撫で下ろした。
「はい、どちら様で……って、ロゼッタ様? それにアルブレヒト。突然どうしたんです?」
部屋の扉を内側から開けたシリルは、突然の訪問者の正体に驚いているようだった。
それはそうだろう。今までロゼッタやアルブレヒトが自ら訪れる事などなかったのだから。
すると、にゃー、とアルブレヒトの腕の中の猫が一鳴きした。
「え? 猫?」
二人の腕の中の生き物に気付いたシリルは、目を丸くした。この離宮には猫などいない筈なのだから。
「ちょっと、色々あって……説明すると長くなるんだけど……」
シリルが驚くのも無理はない。ロゼッタはまず猫を拾った経緯を話さなくては、と思った。
すると、シリルは僅かに笑みを溢した。
「なら、おもてなしは出来ませんが中へどうぞ。立ち話もなんですし、座りながら話しましょう」
微笑みながらシリルは自室の扉を二人を招くように大きく開けた。
「うむ、ありがたいシリル」
アルブレヒトは彼に向かってお礼を言うと、ロゼッタと共にシリルの部屋に足を踏み入れたのだった。
***
シリルの部屋はアルブレヒトの言う通り、几帳面に整頓されていた。
それに家具は最低限しかないようにも思える。机にベッド、それから本棚や椅子といった具合に。どれもロゼッタの部屋の物に比べれば、質素にも思えた。
離宮に部屋を一室与えられているとはいえ、シリルの身分は一文官に過ぎない。
ある意味、見ようによってはこれでも待遇は良い方かもしれない。
「こちらの椅子にお座り下さいロゼッタ様。本来ならロゼッタ様をお招きするような部屋ではありませんが……」
「気にしないで下さいシリルさん! 突然来た私が悪いんですから……!」
シリルが気に病む事などない、とロゼッタは慌てて加える。申し訳なさそうな表情をしている彼を見れば、そう言わざるをえなかった。
ロゼッタはシリルに勧められた椅子に座り、ずっと抱いていた猫を膝に乗せる。
「で、本日はどうしました……?」
彼女の膝の上の猫をちらりと一瞥し、気を取り直してシリルは問いた。
彼が今最も聞きたい事に違いない。
「この猫の事なんですけど……」
ロゼッタはアルブレヒトに代わり、様々な事を話した。
仕事で出掛けたアルブレヒトが帰り道で見つけた事、拾ってきて貰い手を探している事、シリルしか頼れる人がいない事など。話せる範囲で全てを話した。
「そうだったんですか……こんなに小さいのに、可哀想に」
一通り話を聞き、アルブレヒトから猫を一匹預かったシリルは、優しく抱き上げた。
どうやら猫は彼が怖い人物ではないと分かるらしい。怖がるような素振りは見せず、シリルに身を委ねていた。
「私は飼えないのですが……知り合いに動物好きな方がいるんです。きっと飼ってくれると思いますよ」
「本当ですかシリルさん?!」
ようやくの朗報に、ついロゼッタは大声を上げてしまった。それ程嬉しかったのだろう。
シリルは微笑みながら、ええ、と頷いた。
「良かったら、この子譲って下さい」
「はい、喜んで! その子のこと、お願いします!」
まるで我が事のようにロゼッタは喜んだ。引き取り手がとりあえず一匹決まり、安堵したのだろう。
アルブレヒトも一匹決まった事は喜んでいるようだった。
「良かったわね、アル!」
「うむ」
別れるのは少しだけ名残惜しい。
だが、それでも猫が幸せになれるならば、アルブレヒトは嬉しかった。
とりあえずシリルが抱えていた一匹が貰われていく事になった。
(20/24)
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