19
「じゃあ、今度遊びに行っていい?」
思いもよらないロゼッタの言葉に、アルブレヒトは面を上げた。
笑っているものの、どうやら彼女は本気の様だ。下心も何もなく、純粋に遊びに行く、と言っている。
「うむ、ロゼッタ様が望むなら」
アルブレヒトもまた下心も何もなく、快く頷いて承諾した。少しでも彼女が喜ぶ様な事がしたかったからである。
しかし、彼女の発言が少しだけ珍しいものだと思ったアルブレヒト。今までだったら、一つの話題でここまで食い付いたりはしなかっただろう。
また、こういったお願い事をしてくるのも珍しい。
「珍しい」
気が付けば、彼の口から言葉が漏れていた。
「え?」
アルブレヒトが考えていた事など分からないロゼッタは、訳が分からず首を傾げる。
それに、彼女が不思議に思ったのは彼の言葉だけじゃない。彼が少しだけ嬉しそうな表情も、不思議に思ったのだ。
そんなに部屋に遊びに来て貰うのが好きなのだろうか、とロゼッタは心の中で呟く。
「ロゼッタ様がそういう事言う、珍しい。今までないお願い」
「そう、ね……今まで無かったわね」
我儘を言わない、それがずっとロゼッタが守ってきた事だった。我儘を言えば、相手を困らせるとずっと思ってきたからだ。
だが、ラインベルでリーンハルトに慰められた時、甘えてもいいという言葉を貰った。まだどういう風にすればいいのか分からないが、少しだけ許された気がした。
それに、他人行儀なのはロゼッタ自身だった。
彼らとの感じた隔たりは、思っている以上に遠慮していたロゼッタが作っていた距離だった。
「皆の事、全然何も知らないから」
きっと知っている事など名前と年齢と職業程度。今までどういう風に生きてきて、何を考えているかは知らない。
「この国が好きになれるように、少しでも良いから……一つ一つ知っていきたいの」
全てを理解するのは難しい。だが、彼女自身出来る事、知れる事はまだまだあった。
ロゼッタは突然黙ってしまったアルブレヒトを見る。
驚きで目を見開いたアルブレヒトが彼女を見つめていた。
「アル?」
彼女にしてみれば、それは決意だけであって、驚かれるような事を言ったつもりはない。
「……ロゼッタ様の言葉、すごく嬉しい。この国を好きになってくれると、良いと思う」
願いにも似た、真摯な言葉がロゼッタの耳へと届く。
「自分は、ロゼッタ様に居て欲しい」
純真な言葉だった。
だが、ロゼッタがそれよりも驚いたのは彼の表情。
僅かに上がった口角と、少しだけ細められた瑠璃色の瞳。確かに彼は微かに笑みを漏らしていた。
初めて、アルブレヒトが笑っている表情を見た気がした。勿論、表情の起伏が分かり辛いだけで、普段も喜んだり悲しんだりはしている。
だが、今回は初めて見る笑みだった。
(び、びっくりした……!)
ロゼッタは表情を固まらせて彼を見ていた。
正直言えば、ああいった笑い方をするなんて知らなかったのだ。
(すごく珍しいものを見た気がする……)
未だ驚きが隠せないロゼッタは心の中で呟いた。
しかし、彼女が一歩踏み出したお陰で、また一つ新しく知る事が出来たのだ。これで良かったのだと、ロゼッタは笑みを零したのだった。
(19/24)
prev | next
しおりを挟む
[
戻る]