10
「 我掲げる鮮烈
纏うは始原の一 」
気が付けば、彼女の薄桃色の唇は詠唱していた。
これは唯一彼女が自分の身を守れる方法である。考えた末、これしか彼女には思いつかなかったのだ。
これに一縷の望みを託す他なかった。
「 我の言の葉に従い応えよ 」
まともに使ったのは、森でルデルト家に襲われた時だ。たったあの一回だけ。それ以来使った事もなければ、詠唱の練習をした事もない。
また前の様に火の槍がちゃんと出るとも限らない。だが、頭はどこか冷静だった。
「 赤き災禍を汝の身で下せ 」
未だに鮮明に思い出せるらしい。途中でつっかかる事なく、彼女は全文を唱えていた。
するとあの時の緊張感と共に、指先に痺れが蘇ってきた。徐々に熱くなる手に、胸は昂ぶっていた。
今度も大丈夫、と自分に言い聞かせる。
「行けっ……!」
森の時の様に、火の槍が閃光となって飛び出した。
無事に出た事に安堵感が少しだけあった。これで少しは目晦ましにはなる筈だ。
だが、そんな考えも脆くも打ち砕かれたのだった。
火の槍は彼女の目の前で、男の剣によって掻き消された。煙が揺れるが如く、儚く火の槍は消えていった。
「!」
彼女には衝撃だった。こうも容易く自分の魔術が消されるとは思っていなかったからだ。
自分の魔術が上手ではないと分かり切っているものの、今回は上手く出来たと彼女は思っていた。しかしそれは単なる自己満足にしか過ぎず、簡単に消される程度だったらしい。
彼女の一縷の望みは簡単に消え去ったのだ。
「この女! ふざけた真似を!」
突然の彼女の反撃に怒った男の一人は、ロゼッタの銀の髪を乱暴に鷲掴みにした。
髪の毛を思いっきり引っ張られる痛みに、彼女は痛みで顔を歪ませた。
「いやっ……! 離して!」
「そんな初級の術で、どうにか出来ると思ってんのか? 何発射ったってこの剣なら簡単に消せるな」
あはは、と男達は下品な笑い声を立てる。彼らの言う「この剣」というのを疑問に思い、引っ張られ続ける髪に痛みを感じながらもロゼッタは目を凝らした。
先程ロゼッタが放った火の槍を掻き消した剣の鍔には青い石が嵌め込まれていた。
(あれって……)
少し前に軽く見た程度だが、それはアルブレヒトの双剣に似ていた。
剣の形は違えども、確かに彼の剣にも小粒の青い石が付いていた。彼は「魔力を補う魔石」と言っていたはずだ。
「魔石ね……」
「ああ。水の属性の、な」
にやにやと笑う男の表情に、ロゼッタは不愉快そうに顔を歪めた。
だが男の言葉で、火の槍が掻き消せた理由がよく分かった気がした。
要はロゼッタは火、剣は水だったからだろう。水が火を消せる事が出来るのは道理。特に威力の弱いロゼッタの火なら、簡単に消せてしまえるのだろう。
「ほら、行くぞ」
男の一人がロゼッタの腕を掴んで歩きだした。彼女の体はつんのめりながらも、強制的に進みだす。抵抗して立ち止まろうとするが、引き摺られる様な形で動かされていく。
「みっちり可愛がってやるから安心しなー」
「いやっ……!」
「え? マジで? つまり、エロい事もオッケーってこと?」
突然、周りにいた男達やロゼッタのものではない声が聞こえ、一瞬にして辺りの空気が固まった。
確かに今、聞き覚えのない若い男の声が聞こえた筈だ。
「だ、誰だテメェ?!」
「あ、お約束の台詞だねー」
男の一人が見知らぬ一人の男に目を留めた。男達の見知らぬ「金髪の男」はくすくすと笑いながら目を細めた。
そんな彼に、ロゼッタは水色の瞳を見開く。ここに居るはずがないと思いつつも、目の前の男の存在を否定など出来なかった。
「ま、しいて言うなら……通りすがりの変態、かな」
ふざけた態度の男はそう言って、また笑ったのだった。
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