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考え事に没頭していたロゼッタは、未だ気付いてはいなかった。
自然と歩み始めた足は次第に人通りを離れ、あまり人が立ち入らない通りへと彼女を運んでいた。だが鬱積としている彼女は、気付くはずもない。
水色の瞳は人形の様に、何者も映してはいなかった。
(……これで本当に良かったの? 私は、ここに居て良いの……?)
頭の中で駆け巡る疑問、そして不安。
その感情はアスペラルに来た時とひどく似ていた。
ロゼッタはもしも、という不確定な未来を想像すると、決まって自己嫌悪した。あくまで想像。そんな事を想像したところで、彼女は帰れないからだ。
「お嬢ちゃん、そんなに急いでどこへ行くんだい?」
「え?」
その声は不意討ちに訪れた。誰も声を掛ける筈がないと決め付けていたロゼッタには、驚き以外の何物でもない。
振り向くと、見知らぬ男達が立っていた。
「何……?」
怪訝そうにロゼッタは男達を見返す。その身は僅かに強張っていた。
彼女は自分の身の守り方など、あまり知らない。今一人きりなので、不安は更に増した。
「暇なら、一緒に遊ばないか?」
そう尋ねつつも、彼女に拒否権は無さそうだ。馴れ馴れしくロゼッタの肩に手を置き、男達は更に間を詰めてくる。
そんな男達に嫌悪感を抱いたロゼッタは逃げようと周りを見るが、既に囲まれていた。助けを求めようとも思ったが、辺りには男達とロゼッタ以外いない。
「おー、別嬪じゃん」
嬉しげに男の一人が呟く。ゴツゴツした彼の手はロゼッタの顎を掴むが、彼女は気持ち悪さしか感じなかった。
触らないで欲しい、むしろこの場から逃げたかった。
「どこぞのお嬢様ってとこか?」
爪先から頭の天辺まで舐める様な視線で品定めし、ロゼッタの身形から男はそう判断した。
彼女は簡易な服を身に纏っているものの、グレース達が質素な服を用意するわけもない。地味ながら、生地は上質な物であった。一見、金持ちの娘には見えてしまうに違いない。
「何でこんな所に? お譲ちゃん一人だと危ないぜー」
「ここは俺らみたいな連中ばっかりだからなぁ」
ひゃははは、と下品な笑い声が路地裏に響き渡る。
ここが先程女性に忠告された路地裏だと気付くのに、時間は要さなかった。忠告を忘れていたわけではないが、ぼーっとして歩いていた自分をロゼッタは悔やんだ。
だが、後悔してももう遅い。今はこの状況をどう切り抜けるかが問題であった。
(……どうしよう、逃げられる隙間なんてないし……)
男達に詰められ、逃げ出す場所すら彼女は失っていた。逃げ出そうとすれば、きっと力付くで抑えられるに決まっている。
そうなれば、ロゼッタが勝てない事など目に見えている。
(アルは……)
今も町のどこかにいるであろうアルブレヒトを彼女は思い出した。彼ならば、力付くでもこの男達を撃退するに違いない。
だが、ロゼッタは首を横に振った。
(……アルばっかり頼ったら駄目じゃない。私より年下なのよ? 逆に守ってあげなきゃいけないのに……)
心のどこかで彼を頼ろうとしていたかもしれない。それを振り切る為に、彼女は首を振っていた。
もしこの場に彼が来たら、彼は間違いなくロゼッタを助ける為に剣を抜くだろう。だが、彼女はそれを望みたくなかった。
(これ位、私でどうにかしなきゃ……助けは呼んじゃ駄目)
自分でどうにか出来る保障など勿論無い。しかし何でも人に頼るのは絶対に嫌だった。
(9/25)
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