8
気が付けば、日が傾こうとしていた。
ぼんやりと傾き掛けている太陽を見上げながら、ロゼッタは夕刻が近い事を感じた。
未だアルブレヒトは見つからない。
ロゼッタは橙色の日差しに僅かに顔をしかめながら、道行く人々の間を縫うように進んでいく。地面には長く伸びる影が浮かんでいた。
そして彼女は溜息を一つ吐いた。今この瞬間、自分は独りぼっちなのだと錯覚してしまいそうになる。
(……ううん、独りぼっちよね)
大して変わらないわ、と彼女は自嘲した。
この国に来て、度々感じる不安や孤独感。それは決して気のせいではなかった。
アスペラルで生きていこうと決めたものの、それは楽な道ではない。親しい者もいなければ、父親は未だ会いには来ていない。
寂しいという感情はいつでも付き纏っていた。
(私は……どうすれば良いんだろ)
ふと思い付くのは、周りのアルブレヒト達。今更ながら、ロゼッタは彼らを何と呼べば良いのか分からない。少なくとも、友人などと呼べる間柄でもないだろう。
(アル達が悪いわけじゃない。でも……私が入る場所なんて無かった)
ロゼッタが来る前から元々親しい彼らは、揃えば軽口を叩いたり談笑したりと、いつも仲が良さそうだ。
楽しげな彼らを見ているのは嫌いじゃない。だが、たまに辛く感じる時があった。
何となく見えない壁を感じていたのだ。
(……勿論、良くしてくれるシリルさん達には感謝してる。だけど、たまに羨ましい)
孤独と羨望、不安が入り交じる複雑な感情だった。
「お姉ちゃん、待ってよ!」
突然そんな明るい声が聞こえ、ロゼッタは視線を上げた。
教会の弟達や妹達が思い出され、一瞬自分が呼ばれたのだと錯覚してしまった。そんなわけない、とすぐにロゼッタは気付けたが、瞳は声がした方向を向いていた。
そこにいたのは、妹と弟を連れて歩く少女。ロゼッタと大して変わらない年齢だが、よく似た兄弟と楽しげに歩いていた。
「ほら、行くよ。お母さんが待ってるよ」
「うん!」
ロゼッタの視線など気付かず、彼女達はロゼッタの横を通り過ぎていった。きっと帰るべき家に帰るのだろう。ロゼッタは呆然とその背を見送った。
その後ろ姿が、数週間前のロゼッタが重なった。アンセルやリーノを連れたロゼッタは、ああして村の中をよく歩いていた。まるで本当の兄弟の様に。
彼女に懐かしさと羨ましさが込み上げた。
足はふらふらと彼女の心を表すかのように、彷徨う様に歩きだした。勿論、向かう宛てもない。
(……帰らないって決めたのは私じゃない)
村の人達に迷惑を掛けてしまう恐れがあり、彼女は帰るという選択肢を選ばなかった。アスペラルに残る事を選択したのだ。
帰れなかったとはいえ、結局最終的に決めたのは彼女自身。責めるべき人などいない。しいて言うなら自分自身だ。
(戻りたいって言ったら……駄目よ、ね。また皆に迷惑を掛けちゃう。周りの人が困るだけじゃない)
どこへ行っても迷惑を掛けてしまう自分が悲しかった。これではまるで、本当に自分の居場所など無いかの様である。
(お父さんに会いたいって気持ちは……もちろん変わってない。ちゃんと会いたい……)
結局どちらか一方を選ぶなんて、彼女には無理な話だったのだ。現に、彼女は選ぶ事を放棄していた。
(……これは、私の我侭なのかな)
どちらも選べないから両方なんて虫が良すぎる、とロゼッタは割り切る事の出来ない自分を嘆いた。
(8/25)
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