5
ガタンと大きく揺れて、馬車は止まった。
どうやら思っていたより長く物思いに耽っていたらしい。ロゼッタが窓の外を覗くと、少し歩いた先に賑わう町が見えた。
「ロゼッタ様、着いた」
本当に、離宮からあまり遠くないらしい。ここまで来るのに左程時間を要さなかった。
アルブレヒトは馬車の扉を開け、先に降りる。そして降りようとしているロゼッタに手を伸ばした。彼は無言だが、言いたい事は何となく彼女にも分かる。降りる時の補助をしようとしているのだ。
ロゼッタは彼の手を取って、馬車から降り立った。
「……ここがラインベル」
アルブレヒトが指差した先に、町があった。人に溢れ、随分と賑やかな印象だった。雰囲気は離宮に向かう途中に立ち寄ったカシーシルに似ている。
「インクと紙って、どこで買えるの?」
「この先にある、雑貨屋」
勿論、ロゼッタがこの町に訪れたのは今日が初めてだ。雑貨屋と言われても、場所を教えて貰わなければどこにあるかは分からない。
アルブレヒトが道案内をしてくれるのだろうか、とロゼッタは彼を見てみるが、彼が歩き始める気配はない。
「……案内は?」
「ロゼッタ様が探す。自分、手助けだけ。ちょっとした冒険、シリルが言ってた」
「え?」
ロゼッタは耳を疑った。知らない町にお使いに出されたものの、彼が案内するから大丈夫だと思っていた。だが、本当は違うようだ。
シリルとアルブレヒトによって、知らない町に放りだされたのだ。
「……本気で?」
「うむ」
アルブレヒトは真顔で頷く。決して冗談ではない様だ。
彼女は無茶だ、と思った。しかし、彼は梃子でも自ら動く事はないだろう。ならば彼女自ら歩きだすしかないのだ。
とりあえずアルブレヒトがいる。一人よりはマシだ、と思ったロゼッタは町に向かって歩きだしたのだった。
***
町に入ってみたものの、雑貨屋の場所の見当など付く筈がなかった。
この町の大まかな地図は入口にあったが、残念ながら店まで細かく書かれていない。ロゼッタは虱潰しに歩いて探す他なかった。
「どっちよ、もう……」
人を掻き分けながら、前進あるのみ。だが早速十字路にぶつかり、彼女は三択を迫られる事に。ただ言える事はどの通りも露店や店が多い為、人で賑わっている。
それも、歩くのが困難な程に。
「今日は混んでるわね……何かあるのかしら?」
カシーシルは大体同じ位の規模だったが、大通りでももう少し歩き易かった筈だ。ここまで人がいるとなると、何かあるとしか思えない。
「で、アル、ここはどっちに行けば良いの……?」
目の前の三択に、答えを出す前に一度彼に聞いてみる事にした。そっと振り向き彼を見ると、無表情で首を横に振った。
「自分、教えられない。だからロゼッタ様に任せる」
「任せるって……」
この調子では雑貨屋にいつ辿り着けるのだろうか。少なくとも、普通のお使いよりも数倍時間が掛かりそうである。
あまり期待していなかったとはいえ、ロゼッタは肩を落とした。
「分かったわよ、適当に行けば良いんでしょ……」
そう言ってロゼッタが選んだのは左の道。少しだけ怒った様な表情を見せる彼女は、早足で歩き始めた。
しかし元々彼女の歩幅に合わせていたアルブレヒトには、彼女が早足で歩き始めても左程苦ではない。彼女を見失うわけにはいかないので、彼は追いかけた。
(ロゼッタ様、怒ってる。だけど、インクと紙買ったら、お使い終わり。シリルが寄り道しなさい、と)
アルブレヒトは心の中では理由を呟いていた。表に出してはシリルの折角の好意が水の泡になる為だ。
今回のお使いはインクと紙を買うだけが目的ではない。ロゼッタの気分転換も兼ねている。だが早々に目的を済ませてしまっては外に出ている時間が短くなる。
とにかくロゼッタを自ら町内を歩かせてみろ、というのがシリルの提案だった。
少しだけ罪悪感はあるものの、アルブレヒトは当初のシリルの提案を飲む事にしたのだった。
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