アスペラル | ナノ
3


 昼食の時間になっても、ロゼッタの様子は変わらなかった。
 黙々と昼食を食べているものの、相変わらず元気がない。いつもなら、美味しそうに昼食を食べている筈だ。

「あの、ロゼッタ様? どうしました? 具合悪いですか?」

「……え? あ、別に何でもないですよシリルさん」

 たまにシリルが声を掛けてみるが、彼女は元気そうな声を出して返事をする。何でもないと言って振る舞うが、どう考えても何かあるのだろう。
 だが、シリル達に話す気はない様である。彼女は全て内側に抱え込んでいた。

「ロゼッタ様、元気無い。大丈夫?」

 瑠璃色の瞳で、アルブレヒトはじっと彼女を見つめた。心配そうな純粋な瞳だった。

「そんな事ないわ、アル。大丈夫よ」

 フォークを持つ手を止め、ロゼッタは苦笑した。考えすぎよ、と彼女は呟くがその言葉を信じる事が出来ない。
 しかし、二人は無理に聞き出そうとはしなかった。それが今出来る優しさだと思ったからだ。

「……何か気分転換になる様な物ってありませんか? アルブレヒト」

 彼女が何も話してくれないのならば、対処出来ない。だが、元気付ける事は可能だと思ったシリル。
 彼女の元気になって欲しいと思ったシリルは、何か考えはないかとアルブレヒトだけに聞こえる様に尋ねた。
 二人で話していても、今のロゼッタはあまり気にしてない様である。彼女はぼーっとしていた。

「気分転換……?」

 元々そういった物に疎いアルブレヒトは、彼なりに色々考えた。

「……蜂蜜、食べる」

「それは貴方の気分転換でしょう。ロゼッタ様はもっと違った物の方が……」

 アルブレヒトはあくまで真面目だった。真顔で答えていたが、それは彼のみ喜ぶ事。彼女の気分転換になるとは到底思えない。
 シリルは顎に手を当て、彼女が喜ぶ事を考えた。彼女は年頃の少女。既に二十代後半に差し掛かったシリルには、少々難題である。

「……そういえば、ロゼッタ様が来て一週間以上も経ちますけど、ずっと離宮内に籠りきりですよね?」

「うむ」

「ずっと離宮内では滅入ってしまいますよね……」

 案外気付かなかった事に、シリルは苦笑した。シリルやリカード、リーンハルトは仕事で離宮を離れる事もあった。
 だが身を守る為という理由で、ロゼッタはずっと離宮に閉じ込められていた。世話役が何人もいたとは言え、本当は寂しい思いもさせてしまったかもしれない。

「……アルブレヒト、一つ提案があります」

「?」

 シリルからの突然な申し出に、アルブレヒトは目を見開いたのだった。


     ***


 そして、ロゼッタに話が切り出されたのは昼食を取った直後だった。
 ノアの都合で、午後は講義が無い。シリルも元々午後は仕事に取りかかるので、自由な時間の予定だった。

 突然シリルから話がある、と言われて彼女は不思議そうに彼を見上げた。見上げてみると、そこには穏やかに微笑む表情があった。

「どうしたんですか?」

 こうして突然話があると言われたのは初めてかもしれない。内心、怒られるのではと彼女は危惧していた。
 心当たりだって当然ある。先程の講義でもぼーっとする時間が多かったのから。
 もしシリルを怒らせたのなら、ちゃんと謝ろうとロゼッタは思っていた。

「実は離宮から馬車で少し行った所に、小さな町があるんです」

「はあ……」

 だが、シリルの口振りからして怒っているわけではない様である。にこにこと笑いながら、突拍子もなく近くの町について話していた。
 訳の分からないロゼッタは、とりあえず大人しく彼の話を聞く事に。

「王都ほどではありませんが、なかなか大きい町でして、名前をラインベルと言います。ロゼッタ様にはそこへお使いに行って欲しいんです」

「え!?」

 ロゼッタは耳を疑った。突然彼にそんな事を言われると思っていなかったからだ。
 お使い、という言葉にひどく違和感を彼女は覚えた。

「ど、どうしてですか……?」

 慌てて彼女は理由を尋ねた。この離宮に来てから身支度から湯浴み、食事の用意まで使用人にさせられていたというのに、お使いをしてくれと頼まれたのは初めてだ。

「講義の時に使うインクと紙が切れてしまいまして。私はこれから仕事がありますから、行けないんです。たまには他の町を見ていらっしゃってはどうでしょう?」

 講義に使用するインクと紙というのは、勿論ロゼッタが使っている物。まさか無くなりかけていたとは知らなかった。
 少しだけ引っかかる様な気もしたが、ただ純粋にロゼッタは外へ出られる機会が嬉しかった。

「嫌なら、勿論無理にとは言いません」

 控えめなシリルは強制的に物事は言わない。全てはロゼッタ次第だと、彼は言う。
 だが、ロゼッタの答えなど既に決まっていた。

「い、行きますシリルさん!」

 久々に嬉しそうな表情を彼女は見せたのだった。


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