12
――アスペラル王都・アーテルレイラ
王の居城は国の中央辺りにある王都・アーテルレイラにあった。アスペラルは魔術で栄える国だが、王都となると特に魔術の技術は進歩していた。
そして、高い塀に囲まれた王の居城の廊下を軍師のリーンハルト=コーエンは歩いていた。
彼の姿を見かけたメイドは立ち止まって、彼に会釈する。するとすかさずリーンハルトは彼女達の尻に触ったりなど、痴漢行為をして去っていった。
ある意味、彼が歩いた道には女性の悲鳴が絶えなかった。
そうこうしている内に、リーンハルトはとある部屋の前に立ち止まった。高さ約二メートル、まるで白亜の壁の様な扉。取っ手は金で、蔦が巻き付く様なデザインだ。
扉の左右には逞しい兵士が、睨む様に立っている。
「ごくろーさん」
両脇の兵士に軽くそう言い、リーンハルトは扉の取っ手に手をかけた。
見た通り、ここは厳重に警備される程大切な部屋だった。が、ここに自由に出入り出来る人間は三人いる。この国の宰相、軍師のリーンハルト、そして部屋の主である現アスペラル王のシュルヴェステルだ。
この部屋は王――シュルヴェステルの自室であった。本来ならば軽々しく入れない場所だが、リーンハルトは王に呼ばれていたのだ。
「失礼します……陛下」
一度、畏まった態度でリーンハルトは部屋に足を踏み入れた。王にまで不敬な態度では、周りの者に示しがつかない。
扉を閉め、部屋を見渡すと、木製の仕切りの奥から衣擦れの音がする。どうやら、シュルヴェステルはまだ身仕度中だったらしい。
「ああ、来たのかい……ハルト」
扉の開閉の音で気付いたらしい。仕切りの奥から男性の声が聞こえてきた。
「招致に応じました陛下。本日はどのようなご用件で?」
すると、リーンハルトの言葉にシュルヴェステルはクスクスと笑った。
「そういう口調は止しなさい、ハルト。正直、気持ちが悪い」
「はいはい」
リーンハルト自身も気持ち悪いとは思っていた。そこそこ付き合いの長いシュルヴェステルには、いつも砕けた口調だからだ。
「んで? 用は何シルヴィー?」
近くにあった椅子に慣れた様に腰を下ろし、緊張感なく尋ねる。シュルヴェステルは身仕度中なので仕切り越しの会話だが、不自由はなかった。
「あの子は元気でやってるか?」
「うわ、意地の悪い質問だね。水鏡で見てるから……知ってるんじゃない?」
リーンハルトは知っていた。見たいものを映してくれるウェスティアの水鏡を使い、王は娘の様子を見ている事を。
だが、シュルヴェステルはそれでもリーンハルトに様子を尋ねてくるのだ。
「……勿論、知っているとも。お前がロゼッタに執拗なまでにベタベタ触っている事も。次したら減俸だ、ハルト」
「うわ……それは勘弁。お袋養わなきゃいけない身なのにー」
「安心なさい。君の母君は君に養われなければならない程、落ちぶれていないよ」
「妙に心を抉る言葉だね、それ」
互いに気心知れている為、親しげに言葉を交わす二人。今室内には二人だけなので人目を気にする事はなかった。
「……今のとこ、ルデルト側に大した動きはないよ。ロゼッタお嬢さんも大丈夫」
シュルヴェステルが今一番聞きたいであろう事を、リーンハルトは選んで言った。臣下として、王が一番に望むものを差し出さなければならない。情報という、リーンハルトの手土産を。
「……そうか、それは何よりだ」
あまり感情の読み取れない声音で、シュルヴェステルは呟く。
「そうそう、この前高い金で人間雇ったんだけどさー」
すると、リーンハルトはいきなり話題を変えた。明るい調子で話し出したため、それで、とシュルヴェステルは相槌を打つ。
「……全員死体で見つかっちゃった」
あくまで明るい調子は崩さない。仕切り越しのシュルヴェステルはリーンハルトの表情は見えないが、笑っているという事だけは何となく分かった。
「そうか。あちらも警戒しているだろう」
仕方がない、とシュルヴェステルは呟いた。
リーンハルトは時として、情報を集める為に人を雇ったりする。元は盗賊であったり自称冒険者など、素性の怪しい人物でも腕が良ければ大枚をはたいていた。そうして、探りを入れるのだ。
探りを入れるのは人間の国もあるが、ルデルト家も例外ではない。特に今の様な時期は敵方の動きを見張らなくてはならない。
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