11
だが、今の二つと授業中の彼の言葉がどう繋がるのかロゼッタには分からなかった。
魔術が使える事が幸せに繋がるとは限らない事も、アルブレヒトがコンプレックスを気にし過ぎている事も、彼女は頷ける話だったが。
「優しくしてやれば良いわけじゃ、ないんだよ」
「え?」
突然のノアの言葉に、ロゼッタは目を見開いた。そして、彼の深緑の瞳から目が離せなくなった。
「……弟は、剣を扱えるし、速く走れる。いつまでも気にしてるわけにはいかない。出来る事だって、沢山ある。強引にでも、自覚させてやらなきゃ、いけない気がする」
青い髪の隙間から深緑の瞳が細められるのを、ロゼッタは見た。それは実の兄弟の様な、穏やかな目だった。
彼がそんな目をするのを見たのは初めてだろう。いつもはマイペースで自分の事しか考えていない様な男だったが、ロゼッタは初めて彼が人間らしく見えた。
「……魔術しか出来ない僕よりは、弟は凄いと思うよ」
皮肉でも何でもなく、彼は心からそう思っている様であった。いつになく穏やかな声音で彼は言っていた。
「驚いたわ……何も考えずに言っているのかと思ってた」
ノアなりに考えがあったとは思いもよらなかった。だが、少しだけ彼女は安心していた。やはり兄弟の様に二人は仲が良いのだ、と。それが何より嬉しかった。
「……まあ、唯一家族と呼べる様な存在だからね」
そう言ってノアは手元にあったカップの紅茶を全て飲み干し、本をまとめ始める。その声音は穏やかだったが、僅かに暗く感じた。
ロゼッタは彼の言葉の「唯一」という部分に引っかかりを覚えた。
「お父さんとかお母さんは……?」
気が付けば深く考えずにストレートに聞いていた。彼女にしてみれば、ただの何気ない質問だったのだろう。
「……さあね、気が付いたらいなかったから知らない」
「え……あ、ごめんなさい……」
ロゼッタは慌てて口を噤んだが、時既に遅し。気が付いた時には地雷を踏み終えた後であった。
しかし、気にしてないよ、とノアは呟いている。不思議と彼の口元は笑っていた。
「いいよ、別に。事実だからね。あまり気にしてないし」
「だけど……」
ノアはそう言っているが、本心は分からない。もしかしたらとても気にしている可能性だってある。ロゼッタは不安げな面持ちでノアを見た。
すると彼は荷物を全て抱えて、扉へと近付いていく。特に気にも留めていない彼は、地下室へ戻る様であった。
「……それじゃあ、僕は戻るよ。文官さんにもよろしく」
片手で荷物を持ち、彼のもう片手は扉のドアノブを掴む。振り向き様に彼はロゼッタに向かって言った。
「あ、ノア」
声を掛けるが、さっさとノアは退室してしまった。取りつく島もないというのはこういう事だろう。
書斎に一人残されたロゼッタは、虚しく少しだけ上がっていた片手を下げた。
(怒らせちゃったかしら……?)
知らなかったとはいえ、あまりにデリケートな部分に触れてしまった気がする。仕方ないと一言で片付けてしまえばそれで終わりだが、それでは彼女の気が済まないのだ。
だが、今からノアを追い掛けたところで、何と謝って良いものか分からない。きっと彼は先程と同じ態度をとるに違いないからだ。
(そういえば……私、何も知らないわね)
離宮に来て二週間近くは経った筈だ。しかし、今思えば彼女は身近な人物の事について知っている事など、ごく僅かだと思った。
ほとんど一緒にいるアルブレヒトの事さえ、あまり知らない。彼がどういう家族を持ち、どういう環境で育ったか。
アルブレヒトだけとは言わず、シリルやリカードについても同様だろう。ロゼッタには普通に振る舞う彼らだが、何を考えているかすら分からない。
少しは打ち解けて慣れたと思っていたが、彼女はまだまだだと痛感するしかなかった。
(11/13)
prev | next
しおりを挟む
[
戻る]