アスペラル | ナノ
8


 ロゼッタは広間でシリル、アルブレヒトと共に昼食をとった。
 リカード、リーンハルトの両名は仕事で本城にいる。ノアに至っては、地下室から出てこない始末であった。

(本当に、午後に授業してくれるのかしら?)

 そう疑問に思いながらも、昼食後はアルブレヒトを連れて再び書斎へと戻っていた。約束ではここで講義を行うという事。
 だが、あまり期待は出来ないと思っていた。

 しかし、書斎の扉を彼女が開けると、既に室内には宮廷魔術師ノアの姿があった。ヨレヨレの灰色の服に、青いボサボサの髪。いつもの地下室での格好で、彼は椅子に座って本を読んでいた。
 二人が室内に入ると、彼は僅かに目線を上げたが、すぐに本へと戻ってしまっていた。

「本当に来るとは思わなかったわ」

「……約束だからね、一応講義はちゃんとするよ」

 そう言ってノアは溜息混じりに、本を閉じた。髪の毛が邪魔をして表情は見えないが、面倒臭そうな表情をしているに違いない、とロゼッタは思った。
 格好はいつもの汚い格好だが、ちゃんと地下室から彼は出てきたのだ。この際、格好の事は目を瞑る事にした。

「お昼ご飯は食べた?」

 昼食時、広間には姿を見せなかったノア。彼女のちょっとした疑問だった。

「……寝起きだから、いらない」

 いつもの事ながら、声には覇気がなく、気だるげだ。どうやら先程まで部屋で寝ていたようだ。
 こんな状態で本当に彼は講義が出来るのか不安だが、ロゼッタはとりあえず席に着いた。

 だが彼女がそんな事を思っているとも知らずに、ノアは辺りをうろうろして、先程までシリルが使っていた小さめの黒板を引っ張り出してきた。中途半端な長さになった白墨を、細い指で摘み上げる。

「……それじゃあ、始めるけど、今日は初歩から始めるから」

 一応講義は始まったが、やる気があるのか無いのか分からない。不安な面持ちでロゼッタは彼を見上げた。
 青い髪の毛の隙間からたまに深緑の瞳が見え隠れするが、彼のやる気の有無など分かるわけがない。

「……まず、魔術は精霊がいる事で成り立つ。魔族は精霊に力を乞う事で恩恵を授けて貰うんだ」

 この話は少しだけ聞いた事があった。カシーシルを歩いている時に、アルブレヒトが話していたからである。

「姫様、なら精霊はどうして力を貸すと思う?」

「へ?」

 まさかここでノアがこんな事を言い出すとは思ってもいなかった。えっと、と呟いて彼女はしどろもどろになりながら考える。
 だが、根本的な理由など分かる筈もなかった。

「……魔族が、頼むから……?」

 小さい声で呟く様に言うと、ロゼッタはノアを見上げた。

「それは違う」

 ノアは首を横に振る。勿論、彼女も正解とは思っていなかった。どうしても、あれしか言葉が出てこなかったからだ。

「……ここで必要になってくるのが、魔族が持つ『魔力』の話」

 淡々としつつも、しっかりとノアは言葉を紡いでいく。流石、宮廷魔術師を生業としているだけある。彼は何も見る事なく、すらすらと授業をしていた。

「……そもそも、魔族は生まれ付き魔力を持ってるんだ。でも、魔力だけじゃ魔術は使えない。精霊って媒体が必要。そして、精霊は魔族の魔力が大好物なんだ」

「え? 食べるの?」

 大好物という彼の表現に、ロゼッタの頭の中では精霊が魔力を美味しそうに食べている図が浮かぶ。生き物の様に精霊というのは食事をするのだろうか、とロゼッタは混乱した。

「……まぁ、人間の食べるっていう概念とはまた違うとは思うけど、似たようなものだろうね。つまり、存在を維持する為に精霊はね、魔力を食べたいから魔族に力を貸してくれるんだ」

 講義は始まったばかりだというのに、既にロゼッタは惹かれる様にノアに見入っていた。神秘的な話と声に、彼女の思考は支配されていた。
 本音を言えば、最初は魔術の授業などしたくはなかった。恐怖が半分、不必要だという気持ちが半分。

 だが、もう彼女の心にはそんな気持ちなどない。ノアの話を真剣に聞き入っていた。

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