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ふと、そこでロゼッタは思った。
リーンハルトもリカードもまだ二十代だが、その若さで偉い地位にいる。成人しているとはいえ、まだ若手の部類の筈。
「どうやって二人はそんなに偉い地位に……?」
ふとした疑問であった。権力などには興味がないし、知識も全くない。だが、若くしてなれないという事だけは、何となく分かる。
するとシリルはそれをロゼッタからの質問と受け取り、それはですね、と答え始めた。
「まずリカードの場合ですが、彼の実家が貴族なのは知ってますね?」
「ええ、知ってるわ」
これも何度か聞いた話。アルブレヒト曰く、リカードはアッヒェンヴァル家の嫡男で跡取りだとか。あまり興味はないが、とりあえず裕福な家の出である事は間違いないだろう。
「貴族にもよりますが、ある程度の爵位がある家系は役職を子に爵位と共に譲位出来ます」
「えっと……」
ロゼッタの頭の回転が間に合わない。彼女には少し小難しい単語が飛び交った為、上手く咀嚼する事が出来なかった。
戸惑っている彼女に、シリルは苦笑した。
「つまり、貴族の嫡男は将来が約束されているんです」
「……ええと、リカードは生まれた時から将来が決まってたの?」
そういう事です、とシリルは頷いた。彼女なりの解釈だったが、どうやら当たっていた様だ。
だが、彼女はそれは少し悲しいと思った。リカードは生まれた時から道が決まっており、それはつまり彼のしたい事は出来ないという事だからだ。縛られている彼は、本当に幸せなのだろうか、とロゼッタは感じたのだった。
「じゃあ、リーンハルトも貴族なの? 外見は見えなくもないけど……」
今の話を聞いていると、リーンハルトも貴族なのだろうかという気がしてくる。確かに、外見は整っておりどこぞの貴族の息子の様である。
あの破天荒な性格も、貴族ならば何となく納得が出来た。
「いいえ、軍師は確か……母親の実家が豪商だった筈です。身分的には平民と変わらなかったかと」
そんなに詳しくはないだろうが、彼は必死に思い出した様である。少しうろ覚えで、間違っていたらすみません、と彼は注意を入れた。
「あの、シリルさん……」
「はい、どうしました?」
すると恥ずかしそうにロゼッタは手を軽く上げる。彼女は何か言いたげだが、少し躊躇っている様にも見受けられる。シリルは首を傾げた。
「……豪商って、何ですか?」
どうやら、彼女の場合はそこから説明しなくてはいけないらしい。恥ずかしそうに俯いているロゼッタだが、シリルは大丈夫ですよ、と声を掛けた。
「聞くのは恥ではありません。誰だって、最初は習うものです。知らないのに聞く事なく、知らないままでいる事の方がきっと恥となるでしょう。だから、これからも聞いて下さって構いません。もし他の人に聞かれるのが恥ずかしいのであれば、いつでも私を呼んで下さって構いませんから。こっそり耳打ちして下さっても良いんです」
そう言って微笑むシリルの表情はとても柔和であった。目を細め、ロゼッタを慈しむ様に見ている。
「あ、ありがとうございます、シリルさん」
彼らしい優しさにロゼッタは嬉しく思った。きっとアスペラルに来て、一番に親身になってくれるのは彼だろう。彼の言葉や微笑に、いつの間にかロゼッタは安心感を覚えていた。
どういたしまして、とシリルは微笑んだ。柔らかくも、温かな笑みだった。
「豪商というのは大規模で、手広い商売を営んでいる者を指します。商売に必要な資金も多く持っていますね」
「……つまり、お金持ちって事ですか?」
「ロゼッタ様がそれで分かり易いのであれば、そういった解釈でも構いませんよ」
似たようなものです、とシリルは言っていた。
彼もそう言っているので、とりあえずロゼッタはそう認識しておく事にした。
「話を戻して簡単に言いますと、軍師は実力でその位に就いたそうです」
「え……それだけ?」
「ええ」
ロゼッタはもっと違う理由と思っていた。何故なら、あんな軽そうな男が偉い職についたのだから、それなりに裏で何かあったに違いないと思ったからだ。
だが、実際は単純明快過ぎた。実力があるからという理由はあまりにも分かり易い。
リーンハルトに実際に実力があるとは、彼女には思えなかったが。
「かなり昔の事なので詳しい事は分からないのですが、軍師は陛下の侍従となって、そこで様々な勉強をなさったらしいです。そして、陛下より軍師の位を賜ったとか」
シリルが文官となったのは四年前。リーンハルトが軍師となったのは五年前、更に侍従になったのはもっと昔の話。
シリルには人伝で聞いた様な情報しかなかった。
だが、それでもロゼッタには充分過ぎる程の情報だった。
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