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軍師とは誰でもそんな簡単になれる職なのか、とロゼッタは尋ねた。尋ねられずにはいられなかったのだ。
だが、当然シリルはそんな事ないですよ、と首を横に振って否定した。
「軍師というのは兵法は勿論、それを応用する力や戦術を立てる知能、地理や気象にも精通しなければいけません。並みの知識じゃ、まずなれませんよ」
シリルの話を聞いている限り、リーンハルトはかなり優秀という事になる。ロゼッタはそれらを微塵も感じた事などない。
「全然そんな風には見えないのに……」
持っていた万年筆を指で弄りながら、彼女は驚きを隠せない様に呟いた。
そんな彼女の反応に、シリルは苦笑していた。
「軍師はロゼッタ様の前だとふざけてばかりですが、議会の時などはとても真面目ですよ」
「ふーん……何だか、想像出来ないわ」
ロゼッタにしてみれば、真面目なリーンハルトなど気持ちが悪くて仕方がない。実際彼女が見た事あるリーンハルトは、爽やかに笑いながらも不真面目で変態な男だ。
あのリーンハルトが真面目に仕事をしている姿など、彼女には想像するのが難しかった。
「……ハルトって、いつから軍師なの?」
「確か……五年程前からです。軍師に昇格する前は陛下の侍従をしていたそうですよ」
最近リーンハルトと会ったばかりのロゼッタには、過去の彼など分かる筈がない。しかし、何となく今と変わらなさそうだ、という結論に至る。
だが、一つ分かった。時にリーンハルトはロゼッタの父・シュルヴェステルに非常に詳しかったり、仲が良さそうな雰囲気を醸し出す。
それはきっと彼女が思っているより、王の側仕えをしていた彼の方がシュルヴェステルに関わっていたからだろう。
「侍従か……」
「その後、リーンハルトの後釜になったのがアルブレヒトですよ」
アルブレヒトがロゼッタの父の侍従をしていた話ならば、軽く聞いた事があった。確か離宮へ向かう途中の森で、リカードを探していた時の事である。
あの時は軽く流してしまっていたが、今思えばアルブレヒトの様な少年が王の侍従をしていたという事は、ある意味凄い事かもしれない。
「どうして今は侍従じゃないの?」
聞いても良いのか躊躇われたが、ロゼッタは恐る恐る聞いていた。もしかしたら触れて欲しくないかもしれない、という考えはあった。だが、口が止まる事をなかったのだ。
「陛下が離宮にロゼッタ様を迎える前、自分にロゼッタ様の側近をするように言った。それだけ」
隣で大人しくシリルの講義を受けていたアルブレヒトは、いつもと大して変わらない態度で答える。事実を事実として、淡々と述べていた。
しかし、ロゼッタは思った。自分が来なかったら、アルブレヒトは王の侍従を続けていたのでは、と。彼はロゼッタの父である王を尊敬している節がある。ならばこんな自分に仕えるよりも、彼は王に仕えたかった筈だと彼女は考えたのだ。
だが、言葉が出てこない。謝罪の言葉も、感謝の言葉も出てくる事を拒み、彼女は言葉を失っていた。
「ロゼッタ様?」
黙ってしまった彼女に、アルブレヒトは首を傾げた。様子がおかしいのは明白だが、今の会話の流れでは彼には理由が分からなかった。
「……何でもないわ。シリルさん、続けて下さい」
勿論、アルブレヒトに非が無い事は彼女自身分かっている。分かっている筈であった。
しかし、どこか胸が痛む様な気がした。それが何なのか、彼女はそれ以上考える事はなかった。考えたいとも思わなかったのだ。
「分かりました。では、続けますね」
そう言うとシリルは場を和ませる為なのか、微笑んだ。彼女の考えている事を感じ取ったかは定かではないが、アルブレヒトの疑問を払拭するのには丁度良かったようだった。
「軍師リーンハルトの下が、騎士団団長や各大臣となります。ここからは多くの部門に分かれるので、四番目に誰が偉いかは明確にはありません」
気を取り直してシリルは講義を再開した。
白墨で黒板の軍師の下には、何本もの矢印を書き、その先に様々な役職を書いた。騎士団団長は一人しかいないが、大臣は様々な役がある為、大臣という名前一括りにするのは難しい様であった。
「騎士団長がリカードよね?」
「ええ、そうです」
騎士団長の部分に、シリルはリカードと書き加えた。いつもは憎まれ口を叩く男としか認識していなかったが、こうして考えてみると、本当にリカードは偉い立場なのだと彼女は再認識した。
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