アスペラル | ナノ
3


 玉座の間を出たローラントは、アルセル王の居城・レトレス城の廊下を歩いていた。たまにすれ違う使用人は彼を見ると立ち止まって一礼をするが、彼は特に立ち止まる事なく歩いていく。
 無言で颯爽と歩いていく姿はまさに騎士だが、周りは声の掛けづらい男として認識していた。

 彼が何故無言なのかというと、先程の件について考え事をしていたからだ。

(……彼女は本当に魔族だったのだろうか?)

 ローラント自身が王に報告したものの、彼としてはロゼッタが魔族だとは思えなかった。
 魔族として捕らえようとした時の反応はまるで人間であった。いや、それ以外の時もローラントの瞳には普通の少女としか映らなかった。

(やはり、連れ去られるのを阻止すべきだったのだろうな)

 目の前でアスペラルの民――つまり魔族に連れ去られたロゼッタ。もし彼女が言っていた様に魔族でないなら、どうにかしてでも助けるべきだったと彼は悔やんだ。
 もしロゼッタが人間だったならば、彼女の安否が心配である。ローラントには魔族がいつまでも人間を生かすとは思えなかった。

(だが、本当に彼女が魔族だったら……?)

 もし彼女を連れ去ったアスペラルの民の言う通り、彼女が魔族の王の娘ならば、何故あんな辺鄙な村で暮らしていたのか疑問に残る。彼が見た感じ、ロゼッタはあの村を好いている様に感じた。
 いや、そもそも彼女は自分を人間だと言っていたのだから、全てが矛盾していた。何が真実で嘘なのか、ローラントには解らない。

 ロゼッタの反応が演技だったとも考えられるが、彼が見た限りそう見えなかった。

(……全く、一度会っただけの少女を私は何故こうも気にしているのだか)

 会ったのは一回だけ。言葉を交わしたのも数回だけ、それも両の手で足りそうな程だ。
 だが、それでも気になって仕方がなかった。といっても、その感情は恋愛感情の類いではない。しいて言えば、興味の様なものだった。

(何だかな……)

 その理由は分からない。あの短時間で自分は彼女に何を見いだしたのか、ローラントは気付けなかった。

(……彼女がもし魔王の娘なら、いずれ敵になるのだろうな)

 ローラントはアルセル公国に仕えている騎士だ。ロゼッタが本当にアスペラル側の人間ならば、後の戦争では敵対する事になる。
 そして、もし彼女が王位を継いだとしたら、ローラントはその首を狙わなければならない。アルセル公国に仕える限り。

(何というか、残念と言うべきか……)

 ローラントにしてみれば、彼女は純朴な村娘だった。本来ならばきっと一生縁など無かったに違いない。
 そして、彼女も本来ならば村娘として生涯を終える筈だった。

 奇妙なものだ、としかローラントには言い様がなかった。

「ローラント様……!」

 するとそこへローラントの部下の一人がやって来た。彼の名前を呼びながら、走り寄ってくる。
 ローラントは歩を止め、無表情のまま立ち止まった。

「どうした?」

「騎士団の事で、クラレンス大臣がお話があるとお呼びです」

 今、アルセル公国はアスペラルとの争いに対して備えている。その一環として、武器などを他国から買ったりなどしていた。
 軍事において、ローラントは重要な位置に存在する。その為呼ばれたのだろう。

「……分かった、今行こう」

 ローラントにしっかり言付けを伝えた部下は、一礼して去っていった。
 踵を返しながら、ふと彼は窓の外を見た。戦争が近いと思わずにはいられない程、綺麗な水色の空であった。

(……あの少女の瞳も、こんな色だったな)

 僅かに恐怖の色を宿しながらも、毅然とした態度を取っていた不思議な少女。そんな彼女の瞳は空の様な綺麗な水色であった。
 そんな考えに至った自分を、ローラントは微かに笑った。馬鹿らしいとも思えた。

 もう忘れよう、とローラントは心の中で呟くと、職務に向かったのだった。

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