アスペラル | ナノ
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 勿論、争いは好まないとはいえ、自衛や国の為ならアスペラルも過激な行動は取った事はある。記憶に新しいのは五年前、人間の国で奴隷として不当に働かされている魔族を救出する際、アスペラルは奇襲を行った。そして、簡単に言えば囚われていた魔族を奪っていったのだ。
 尚、魔族は奇異な力を持つ分、人間の国では裏で売買される事がある。見世物小屋など、扱われ方は様々である。

「……アルセルが絡むと、リシュアムも出てきそうだな。そこが面倒だ」

 アルセル公国は二十数年前に隣国のリシュアム帝国との戦争に負け、それ以来属国となっている。そもそも帝国はアスペラルを毛嫌いしている。
 元々アルセル公国とアスペラルは仲が良いわけではなかったが、お互い不干渉の下、両国間には何事も無かったのだ。しかし属国となって以来、アルセル公国はアスペラルと争い始めた。つまりは属国になったせいで戦っているのだ。

「第一、今回の原因だって……アスペラルがアルセルに不当に領土を侵攻していると、リシュアムの皇帝が言ったせいだろう」

 そのような事実はないのだが、リシュアム帝国の皇帝がそう嫌疑した為にこういう事態へと陥った。勿論、皇帝は悪意があるのでこの発言を取り消そうとはしなかった。
 まず最初に混乱や不安はそれを信じた国民に広がった。いつ魔族が攻めて来るか分からない、と彼らは魔族に対して更に嫌悪した。今でも国境沿いではぴりぴりとした雰囲気が流れている。

「まぁ、あれが火付けになったわけだけど……元々人間とは仲が悪かったんだから。遅かれ早かれ、戦争は起こるよ」

 つまり原因など何でも良かったのだ。友好ではない二国間では、いずれ戦争が起こるのは目に見えていた。

「陛下はどうなさるつもりでしょうか……?」

「宣戦布告されたら、シルヴィーは堂々と受けて立つつもりだよ。自国を守る為なら仕方ないって」

「……やはり避けられませんね」

 自嘲気味にシリルは呟いた。彼は文官の為戦場に立つ事はないのだが、全面戦争となれば全国民の生活は変わる。誰だって戦争が起こって欲しいと思うわけがない。

「遠くない未来、ぶつかるだろうね」

 ノアは起伏のない声音で言った。戦争が起こるかもしれないというのに、何も微塵も感じていない様だった。
 宮廷魔術師は普段ならば戦場に出る事はあまりないが、場合によっては赴かなくてはいけない。が、ノアはそれについて何も思っていない様だ。

「そういえば、軍師……一つ聞きたい事があります」

「ん? 何シーくん?」

 突然改まって、シリルは真面目な表情でリーンハルトを見る。

「……話を戻す様で申し訳ありませんが、王位についてです。軍師は王位がどうなると思いますか?」

 単刀直入な聞き方であった。シリルはこの問いについて、カシーシルでもアルブレヒトに問いた。
 彼らはロゼッタにこれから仕え、とりあえず短くはない付き合いになるだろう。仕える上でこれはどうしても聞いておきたい質問だった。

 特に王位を継ぐならば、軍師であるリーンハルトは王にかなり近い存在になる。

「……客観的に見ても、王位がどちらに転ぶかは俺は分からないな」

 そう冷静に彼は言った。女の子は大好きだと公言して憚らない彼だが、軍師としてロゼッタを贔屓する事はなかった。
 椅子にだらしなくもたれ、リーンハルトは宙を見る。

「王子はバカ王子だけどさ……母親の実家がルデルト家、つまり侯爵家。支援者が大きいわけ。だけど、ロゼッタお嬢さんは母親すら分からない状況……だから後ろ楯がない」

 とても分かりやすい理由だった。
 通常、王位継承の際重視されるものの一つが母親の実家、そして位。本人の実力も必要だが、母親の血筋も重視されるものだった。そして、母親の実家の位が高ければ後ろ楯にもなるのだ。

「だけど、シルヴィーがその気になればロゼッタお嬢さんに王位を譲るなんて造作もないよ。権力はあるしね……異議を唱える奴を十人程処刑すれば、ま、黙らせられるけど」

 彼は爽やかに笑いながらも、不穏な事を言っている。いつもはヘラヘラと笑っているリーンハルトだが、彼は軍師として手段を選ばない時もある。例え残酷な事でも、こう見えて王の為なら厭わない男だ。
 彼の瞳には剣呑が見え隠れしている。

「次々処刑すれば、その内黙るもんだよ、そういうのは?」

「不穏な事を言うなハルト。そんな事をすれば、国民が不平を言う」

 リカードの言葉に、リーンハルトは冗談だよ、と笑った。しかし彼の場合は何を考えているか分からない男なので、完全に冗談とは思えない。
 だが彼の手段は確実であるし、不平を言う者を弾圧する方法としてはある意味常套手段だ。

「だけど、こういう手段がないわけじゃない。ま、俺はシルヴィーの意向に沿うだけ。だから、どっちでも良いや。それとも俺に、たかが十七の小娘に政は勤まらないって、言わせたかった?」

 それが彼の本心なのかは、シリル達には計りかねるところだ。しかしリーンハルトは時にだらしない男だが、軍師としてはその能力に長けている。それに賢い。
 彼が真面目に考えているならば、これもある意味彼の本心の様にも思えた。

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