アスペラル | ナノ
19


 先日の晩餐会と同じ様に、ロゼッタの席はテーブルの一番端、両脇が見渡される席。朝食も昼食もここだったので、どうやら食事の時はここが彼女の固定の席らしい。
 ロゼッタの右手側が手前からシリル、リーンハルト、リカードである。左手側が手前からアルブレヒト、ノア。

 食事を始めるとすぐに右手側の大人組みは酒盛りを始めていた。王から土産として持たされたワインを、リーンハルトが陽気にグラスに注いでいる。
 その光景にシリルは苦笑し、リカードは呆れて溜息を吐いていた。

「シーくんはどれ位? 山盛り? 溢れる位? むしろ滝?」

 リーンハルトはワインを勢い良く注ぎながら聞いてくる。既に酔っているのか疑いたい陽気さだ。が、ワインはその様に飲む物ではない。
 ちなみに、彼の問いはどれも似た様なニュアンスである。

「軍師……出来れば、普通位で……」

 控えめにシリルは言う。が、時既に遅し。彼の前に置かれたワイングラスには、器用に満杯にされていた。
 次はリカードの番。リーンハルトがリカードのワイングラスを取ろうとしたところ、それをリカードが阻止した。彼は自分で注ぐ、と言って凄んだ後、リーンハルトの手からワインボトルを引っ手繰る様に奪い取った。
 その後はワイン取った、取ってない、とまるで子供の様な喧騒が広がっていた。

「騒がしいわね……比べてこっちは」

 そう言って左手側をロゼッタは見た。
 こちらは右手側とは真逆。まるでお葬式の様な雰囲気を醸し出していた。何故ならアルブレヒトもノアも無口な為、黙々と料理を食べているのだ。

(静か、というより暗いわね)

 煩い大人よりは良いかもしれないが、これはこれで若者としてどうかとロゼッタは思う。

(もう、いいや、私もご飯食べよう……)

 すぐ横のシリルはリカードとリーンハルト騒ぎの仲裁で忙しそう、アルブレヒトは食事に忙しそう。そう、ロゼッタには話し相手がいなかった。
 しかし手を止めていても仕方がないので、ロゼッタはフォークと、最近扱いを覚えたナイフで食事を再開したのである。

 今夜のメインは鴨のフィレ肉であった。香り付け程度にワインや香辛料が入ったソースがかけられている。少し甘味があるため、蜂蜜も入っているのだろう。付け合せはさっぱりとした味付けのサラダであった。

 ロゼッタは危なっかしい手付きで肉を一口大に切り、ソースを絡めて口に運んだ。
 不味いわけがない。こんな手の込んだ料理、今まで食べた事がない程美味であった。彼女は毎回食事をする度に料理の豪華さと美味しさに驚くばかりであった。

「ノア〜、お前も飲む?」

 ワインボトルを掲げ、リーンハルトはそれを上機嫌に頭の上で揺らす。

「……軍師、もう出来上がってるの? 飲むよ。あ、注がなくて良いからね」

 ノアはテーブルの上でワインボトルを受け取った。片手で自分のグラスに少量注ぎ、ボトルをさっさとリーンハルトに返した。
 ちなみに、彼の年齢はアスペラルで成人している。飲酒は可能であった。

「……ワインなんて、久しぶりかな」

 一口だけ口を付け、ぽつりとノアは呟いた。普段は紅茶を作り置きして飲んでいるだけなので、地下室から出ないと飲めないアルコール類は久々であった。
 別にアルコールが好きというわけではない。嫌いではないから、今少量飲んでいるだけであった。

「お酒って美味しいの?」

 飲酒などした事がないロゼッタには、素朴な疑問であった。育ちが教会の為、特に飲酒には厳しかったのだ。周りにいるシリルやリーンハルトは楽しんで飲んでいるので、疑問に思ったのである。
 彼女としては些細な呟きだった。が、それを聞き逃さないのがリーンハルト。ワインボトルを持って彼は立ち上がり、ロゼッタの元へとやって来た。

「なら、飲んでみない?」

「え? いらない……!」

 ロゼッタは勢い良く頭を左右に振った。ただの呟きだったつもりが、まさか勧められるとは思っていなかったのだ。
 それに、目の前で酒を勧める人物はリーンハルト。軍師という役職だが、彼女から見ればただの痴漢魔。もし酔ったら、それを想像したらその先が怖かった。

「……丁重に断っておくわ、ハルト。飲まないからね」

「えー? 美味しいのに……それは残念」

 本当に残念そうに彼は呟いている。だが彼が本当に残念がっているのは酒を飲ませられない事か、それとも酔わせられない事か、定かではない。
 飲酒はしないが、ロゼッタとしては前者である事を祈るだけであった。

「別に、酔った時の心配しなくても良いんだよ? どうせ、部屋に運ぶのはアルだろうから」

「それじゃ、アルに迷惑かかるわ」

「本人は気にしないと思うけど……まぁ、いいや」

 そう言ってリーンハルトはさっさと自分の席に戻っていった。
 ロゼッタは良かった、と安堵の溜息を吐く。良い子でいたいわけではないが、ただ単に酒の匂いが苦手なだけであった。

 そしてメインの皿は下げられ、ロゼッタとアルブレヒトのみデザートが出されたのだった。

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