18
渋々広間へと入ってきたノア。彼を見た瞬間、ロゼッタは言葉を失い、目を大きく見開いた。
そこにいたのは浮浪者の様な格好をした青年ではない。例えるなら、彫刻の様に整った顔立ちをした青年であった。本当に彼がノアなのか疑いたいところだが、珍しい青い髪は離宮内では彼くらいしかいない筈である。
「ひっさびさに見たなー、あの面」
愉快そうにリーンハルトは笑う。そして男にしておくのが勿体無い、と彼は呟いていた。しかし、今回は残念ながらロゼッタも同意せざるをえない。
ぼさぼさだった長い髪は一度梳かれたのだろう。先程より整えられ、後ろで白い紐で結われていた。服は灰色の変な染みのあるローブではない。一応正装と思われる、全体的に白めの装束。肩の部分で銀の装飾品がじゃらじゃらと揺れており、胸元には濃青の石。
表情は不機嫌だが、どうやら美人はどんな表情でも美しいらしい。青年相手にこう言うのも何だが、彫刻の様に整った顔は彼女が今まで見たどの女性より美しい。普段日光に当たらない生活のせいで肌も白く、それが一層女性っぽさに拍車をかけていた。
「あんなに綺麗なのに、どうして隠してるの?」
「彼、身形とか無頓着なんです。興味が無いというか、何と言うか……どうでもいいみたいで」
二人が再びノアを見ると、未だ不機嫌な表情でこちらに向かって歩いてくる。背中では結われた長い青髪が揺れていた。
(うわ……本当、私より綺麗だわ)
元々魔族は顔立ちが整っているらしいが、彼はまた別格と思われる。人間、いや魔族離れしている。女であるロゼッタがあっさり負けを認めてしまう程だ。
今思えば、身長もそこそこある。地下室ではほとんど座っている事が多かったが、立って歩いている今、その身長が普通にあるという事が分かる。リーンハルト、リカード程とはいかないが、シリルくらいは充分あるだろう。
「久し振りですねノア」
その物理的な距離が縮まった時、まずシリルが彼に声を掛けた。ノアは欠伸を噛み殺しながら、軽く左手を上げる。
「……久し振り、文官さん。あ、軍師もいるんだね」
ノアの深緑の瞳が、シリルの横に立つリーンハルトをも映した。
「ははは、俺はついでみたいに言うねノア。リカードに引っ張られてきたの?」
「僕は嫌だって言ったのに、騎士長が無理矢理抵抗する僕を……」
「誤解を招くような言い方をするなノア!」
他人に聞かれれば誤解されるだろう。ノアの発言にリカードは怒鳴る様に否定した。
元々顔見知りである彼らは、親しそうに談笑していた。ロゼッタの前で全員が揃うのは初めてだが、彼らは前にも何度も会っているのだろう。アルブレヒトも発言は少ないものの、彼らの輪には入っている。
新参者のロゼッタには入る余地がない、と彼女は思い、ぼーっと眺めていた。
だがしばらく眺めていた後、突然ノアが彼女の顔を覗き込んだ。いきなりの顔面アップに、彼女は照れるよりも先に硬直した。眩しい、というのが正直な感想である。
「な、何?」
「……その石、さっきまではなかったよね。どうしたの?」
「あ、これ?」
ノアの指す「その石」というのは、先程リーンハルトから渡されたお土産のオリーブグリーンのネックレス。父親であるアスペラル国王からである。
ロゼッタは片手で軽くペンダントトップに触れ、不思議に思いながら首を傾げた。無関心であるノアがこんな事を気にするとは珍しい。
「お父さんが、くれたんだけど……それがどうかした?」
「へー、陛下が……」
もう一度ペンダントを一瞥した後、彼の顔は興味の無い様な表情に戻った。
意味深長な彼の言動に、ロゼッタは再び、どうかしたの、と尋ねた。本人は大した事ではないと言い張っているが。
「兄上、理由説明いる。何かあった?」
アルブレヒトまで加わり、ノアに対して説明を求めていた。だが彼の場合、主人の為と言った方が良いだろう。
するとノアは困った様に長い青髪をかき上げた。そんな些細な仕草すら、洗練されて見える。
「……その装飾品、良い物だから大切にした方が良いってだけ」
それだけ言うと、そそくさと彼は座席に着いた。お腹が減ったな、と呟きながら。だが、それ以上の説明は全く無いのだった。
その後、使用人が料理を運んできた為、その日の夕食会が始まったのである。
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