17
「これー」
リーンハルトが取り出したのは、白い少し長細めの箱。何が入っているのか分からないが、小さい箱なので服の様な大きい物ではない事は確かだ。
ロゼッタは箱を受け取ると、巻かれていた赤いリボンを解き、箱を開けた。
「ネックレス、ですね」
横から覗いていたシリルが呟いた。確かに中に入っていたのはネックレス。誰が見てもそう思うだろう。
ペンダントトップは薄い黄緑色――オリーブグリーンと言って良いだろう。銀で細工され、大粒ではない石が二個付いている。箱の中でキラキラと輝いていた。
「綺麗……でも、高そう」
素直に感想は述べるが、最終的に気になってしまうのはやはり値段であった。石は小粒だが、まずこんな上質な宝石の類いはアルセル公国では、上流階級にならないと見られないだろう。
村で暮らしていた時も誕生日にこういった物がプレゼントされた事はあった。だが、今日は誕生日でも何のお祝いの日でもない。
「貰える理由が分からないんだけど……」
「ん? だから、お土産だって、城からの」
本城など馬車で高だか数十分の距離。お土産を貰える様な距離ではない。
「シルヴィーはロゼッタお嬢さんに喜んで欲しくて、仕事の合間に商人まで呼んでたんだよ?」
貸して、とリーンハルトが箱からネックレスを取る。華奢な鎖に、すぐにでも壊れてしまいそうだとロゼッタは思った。
ネックレスを受け取ったリーンハルトは彼女の後ろに立つと、慣れた手付きで首にそのネックレスを付ける。金具がはまる音がすると、鎖骨より少し下の所でペンダントトップが揺れる様になった。
きらきらとオリーブグリーンの石が光を反射している。
「喜んで受け取ってあげなよ。シルヴィー、女の子の子供いないから何したら良いか分かんないんだって」
にやにやと笑いながら、それがまるで面白そうに彼は言っている。
だが、服も宝石も既に数え切れない程あるのが実情だ。彼女が離宮に来る前から揃えられていたが、ここ数日で更に増えている。
「今日なんか、どれにしたら良いか分からなくて、何十点も買いそうになってたしなー。ま、宰相が止めてくれたけど。あははは」
笑い事ではない。自分の主人が無駄遣いをしようとしているのに、止めずに笑っているのは部下として考えものだ。
「でも、こんなに高価な物一杯貰っても……」
「気にしない方が良いよ。どうせ陛下のポケットマネーだから」
一国の王ならば、国庫の金以外にも莫大な財産はあるのだろう。それは想像に難くない。金持ちは妙に華美な装飾類を買う。それは王族とて例外ではないだろう。
というより、国庫の金にまで手を出されたら、いくら王でも大問題だ。
「じゃあ……お父さんに、ありがとうって伝えて。それから、あまり無駄遣いは止めてって」
「はいはーい、明日伝えておくよ」
リーンハルトは爽やかに笑いつつ軽く返事をしている。だが、頼んだからには伝言はきっちりと伝えてくれるだろう。そこは彼女も安心して頼む事が出来た。
「……来た」
すると、黙っていたアルブレヒトがぴくっと反応した。特に変わった物音も何もしなかった筈である。
何が、とロゼッタが尋ねる前に広間の扉が開いた。
現れたのはリカード。それも妙に疲れた様な表情だった。
「リカード、ノアはどうしたんですか?」
四人が見る限り、扉にはリカードしかいない。彼が引き摺ってくると予想されていたノアの姿がなかった。
逃げられたのか、と笑いながらリーンハルトが聞くとリカードは首を横に振った。
「横にいる……ほら、突っ立ってないで行くぞ」
そう彼は廊下に声を掛ける。どうやらロゼッタ達からは見る事が出来ない廊下にいるらしい。扉と壁で死角となっているようだ。
廊下からは、引き篭もりたい、という呪詛の様な呟きが聞こえてくる。ぶつぶつとノアが呟いているのだ。ロゼッタには見えないが、多分壁に向かって。
「男なら観念しろ!情けない!」
そして、ノアはリカードに引き摺られるように広間へと足を踏み入れたのだった。
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