アスペラル | ナノ
16


 後ろから伸ばされた二本の逞しい腕は、椅子の背もたれごと後ろからロゼッタを抱き締めていた。彼女の頭は頬擦りもされている。まるで女の子がぬいぐるみを抱き締める様に。しかし、どう見てもこの逞しい二本の腕は女の子のものではない。
 あまりの出来事にロゼッタは言葉を失って、後ろを振り返った。

「……何でこんな所にいるのよ、ハルト」

 そこには軍師リーンハルトの姿があった。金糸の様なサラサラの髪に、整った顔立ち、そして痴漢行為。そんな人物彼しかいない。いや、彼以外にいても困るが。
 だが、彼は今朝仕事の為に本城に行った筈である。そしていつも帰ってくるのは遅い筈。今はまだ夕刻近い。彼が帰ってくるにはかなり早い時間だ。

「え? 今俺に会いたいっていう話、してたんじゃないの? 偶然、俺もとってもロゼッタお嬢さまに会いたかった……」

「そんな話してないわよ! 耳腐れてるの!? それとも飾りなの!?」

 数日過ごして慣れたつもりだが、やはりこの男の痴漢行為には慣れないとロゼッタは思った。本当に今のは不意打ちであった。驚き過ぎて叩く事さえ出来なかった。そしてとても腹立たしい事に、良い匂いがすると最初思ってしまっていた。
 だが、リーンハルトもめげない。俺の耳って腐れてるんだ、と笑いながら彼女を解放し、空いた席に腰を下ろしていた。

「軍師、何故ここへ? 仕事はどうしたんです?」

 それは三人が思っていた疑問である。いくらリーンハルトとはいえ、簡単に帰ってきて良い職務ではない。

「何故って……家族サービス?」

「は?」

 とりあえず家族ではないのは確かだ。一緒に暮らしていて家族の様だが、家族ではない。なので、彼の言う家族サービスというのは不適切にも思えた。

「たまには家族みたいに一緒に夕飯っていうのも良いでしょ? シルヴィーが目障りだから早く帰れって言ってくれてー」

「え? それ、追い出されたの間違いじゃ……」

 リーンハルトが本気で言っているのか、冗談なのか分からない。しかし、彼ならば本当に目障りというか、五月蝿いという理由で追い出されそうである。もしくは仕事の邪魔とかで。
 だが本人は特段気にしてないので、ここは彼の発言はあまり気にしない事にした。

「でも丁度良かった。軍師、今日はノアが出てくるかもしれませんよ」

「本当? あの引き篭もりが?」

 信じられない、という様にリーンハルトは呟く。滅多に外に出てこないノアに対し、彼がそう言うのも無理はなかった。
 だがリカードが行った、と言うと今度は逆に妙に納得していた。

「リカードか……ノア可哀想に。今頃剥かれてるだろうな」

 と言いつつも、リーンハルトはどこか楽しげである。
 とりあえず、何が剥かれるのかはあえてロゼッタは聞かなかった。ノアはわざわざ着替えてくる事を拒んでいた。それだけ言っておこう。

「ふふふ、軍師、それに髪の毛も結われてるかもしれませんよ」

 確かに、とリーンハルトは同意してシリルと共に笑っている。どうやらノアに降りかかっているだろう不幸を、心配する事はないらしい。
 しかし、少しだけロゼッタは楽しみになってきた。あの浮浪者の様な格好をしていたノアが、どんな格好で来るのか。とりあえず、ボロボロなローブでも、ぼさぼさな髪の毛でもなさそうだ。

「あ、そうだ、シルヴィーから土産渡されたんだった」

 突然、脈絡もなくリーンハルトが呟いた。土産って何ですか、とシリルが聞くと彼はにやにやと笑いながら椅子の後ろに置いていた皮製の布袋からそれを取り出した。

「じゃーん、こっちはシルヴィー秘蔵のワイン。俺らにだってさ」

 出てきたのは二本の瓶。黒っぽい緑色の瓶にはラベルが貼られ、中には赤い液体が入っていた。どちらも本当にワインのようである。
 確かにこれはリーンハルト達向けである。アルセル公国でもアスペラルでも、アルコール類はある程度の年齢に達しないと飲酒不可である。成人しているリーンハルトやシリル、リカードが飲むべきだろう。

「んで、こっちはアル」

「自分にも? 陛下が?」

 ひどく感激した様にアルブレヒトは瞳を輝かせる。一使用人である彼はわくわくした面持ちで、リーンハルトが袋から出すのを待つ。まるで犬の様だ。
 そしてリーンハルトが袋から出したのは、瓶である。高さは十五センチ程。同じ瓶でもワイン瓶よりは一回り程太い。中には琥珀色をした飴が詰まっていた。

「飴ちゃんだってー」

 まるで幼い子供に与える様な品であった。しかし、アルブレヒトはとても嬉しいらしく、大事そうに抱えていた。きっと陛下から、というのがポイントだったに違いない。

「で、最後がロゼッタお嬢さま」

 取り出しながら彼は楽しみにしてて、と笑う。正直彼が言うとあまり楽しみにはしたくないが、その土産とやらが出てくるのを待つ事にした。


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