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「天国へ送ってあげるわ」


「イヒヒッ、キャンティは別に嫌いじゃないわよー!むしろ、かわいいと思うんだけど?」



マニキュアを爪に塗りながらそう答えた。
手慣れたよう塗るマニキュアの色には意味があることを知っている。
彼女にしては珍しい真っ赤な艶やかな色、それはこれから大事な仕事、それも特別なことがあることを指し示していた。


「あら、久しぶりね、あなたがそんな仕事に就くこと……」

「アハハ!そうだっけ?だってあの人からの命令だからしょうがないもんー」

「……それはつまり、命令じゃなきゃやらない、ってことかしら?」


素早く、そして丁寧にマニキュアを塗り終えた彼女は足の爪、ペディキュアに取り掛かる。
この色も同じ艶やかな赤、それは彼女の白い肌と黒い髪を惹きたてており、幼い顔立ちながら妖艶さを振りまいていた。


「いやー!フフッ、あったりまえよ!!たまーに面白いこと言うわよね、ベルモットって!!」

私のこと、知ってるくせに、足の爪から顔を離し、振り向いて目を細める姿はもう、幼さを感じさせなかった。
普段との変わりよう、いや、これが彼女の本当の姿なのだろうけど、ギャップには毎回驚かされるものだ。
口元が弧を描く、残念ながらまだその唇には真っ赤なルージュが塗られてはいないが、その姿はもう十分というほど完成されていた。



「頭が固いんだから、異性だけが恋愛対象になる時代はもう終わったのよー、っと」

完成、とペディキュアを塗り終えた彼女はバタバタと身なりを整えていく。
真っ黒のニーハイを片足ずつ足の先からはいていき、露出は高いとは言えないが、どこか誘われてしまうような服に身を包む。



「ルシアン、髪は女の命よ。せっかく髪以外は万全なのに、もったいないわ……」


散らばった黒髪は軽く手櫛で整えればオッケー、そう髪を雑に扱っている彼女に呆れたベルモットは彼女に近づき髪を掬う。
特に気にした様子もない彼女は、んー?と生返事を返すが手を止めることはない。
用意された真っ赤な靴に足を通せば、一部を除いて完成になる。



「……もう……、ルシアン、まだ時間はあるかしら?」

「んー、あるよ?……あっ、もしかして、ベルモットが髪整えてくれるのかしら?」


それを見ていられず、彼女に時間があるかと聞くと、唐突にこちらを勢いよく振り向く。
見た目に反して子供のように期待した目で尋ねる彼女にはいはいと呆れながら言えば、パァッと花が咲いたように笑顔を浮かべた。
ベルモットが髪を整えやすくするためか、再び背を向けるともう手を動かさずにベットに腰かけたまま。


……もしかしなくても、嵌められたかしらね、
ちゃっかり準備も済んでいて、時間にも余裕、ただベルモットに髪を整えてもらうために嬉しそうに待っているのを見ると、そう思わざる得ない。
小さな息を吐きながらも、彼女のうれしそうな様子に促され、髪に手を伸ばした。







「……はい、できたわよ、まだマシになったんじゃないかしら?」

「アハハッ!本当ね、これで男も落とせるかしら」

完成、と彼女の背中を軽くたたきながら口角を上げれば、彼女はおどけて笑ってみせた。
分かってていっているんだから性質が悪い、彼女と親しくない人から見ればただの嫌味の塊になってしまうのだが、
お互いに目を細めて笑う姿は実に妖艶で、ただならぬ雰囲気が漂っていた。

直後、アハハッと彼女が噴き出すと、ベルモットも小さく声をあげて笑った。
いってらっしゃい、とベルモットがいつまでも笑っている彼女に荷物を渡すと、いまだ笑ったまま、ありがと、といい出ていく準備を整える。

腰かけていたベットの上から立ち上がると、ベルモットに整えられた髪が揺れる。
ベルモットが整えた髪は以前よりも艶が出て、カールもふんわりとかかっており、一層彼女を際立たせた。
それを特に気にも留めることなく足音を鳴らしながら扉へと向かっていく。


「それじゃあ、いってくるわベルモット、フフッ」

「ええ、気を付けて」




そのまま出ていくかと思われた彼女だったかが、突然立ち止まると勢いよく振り向く。
ベルモットがそれを気に留める暇もなく、背伸びをして頬に口づけを落とした。


「フフッ髪を整えてくれたお礼よ、ベルモット。唇にもいつかはさせてちょうだいね」


実に扇情的で、たとえ女だったとしても、その毒牙にとらわれてしまうのだろう。
自身の唇を触りながら言った彼女は、熱を秘めた眼差しで、目を細めて笑った。
やっぱり、と焦りもしないベルモットの様子を特に彼女は気にすることなく髪を翻していく。




「Good luck」

最後、ドアが閉まる直前、振り向きざまにパチリと器用に片目を閉じてそういった彼女は、次の瞬間にはもういなくなっていた。
遠くで軽い足取りの靴の音がなっているのを確認したベルモットは、軽い溜息を吐いた。

……自分はもうそんな年ではないのだけれど、

彼女といるとペースに呑み込まれてしまうようだ、
それに若干の焦りと疲れを感じるが、まあ、……それが彼女なのだろう、いい意味でも、悪い意味でも、ベルモットは眉を下げて笑った。


先程まで彼女がいたベットに腰かける。
残念ながらもうここには彼女がいた形跡は、残り香と温もり以外に残されていない。
何気なしに、だが違和感なく皺ひとつなく整えられているシーツにそっと触れた。



……頬にキスすることに込められた意味は“親愛”
……まだそうである限り、まだマシなのだろう、そうベルモットは苦笑をこぼした。




――――――――――――――……




彼女は街中を靴を鳴らして歩くていく。
全身真っ黒に染まっている彼女には、時折熱っぽい視線が降り注いでくるが、きっとその人物たちは気づかないだろう。

その色は自分のいる組織を表し、真っ赤な色は血の色を模したものだと。

風に吹かれ自身の髪が揺れると同時に、血のにおいも漂ってくる。
それは、今日の仕事、これから行われることを指し示していた。

今回のことに彼女自身残念だとも思ってもいないし、憂鬱だとも思っていなかった。
ルシアン、そのコードネームをもらった時から、自分はルシアンだと思い、それ以前の自分は消している。
だから、そう、……これからのことに楽しみしか感じないの。



「……天国へ送ってあげるわ」

真っ赤なルージュで染まった唇が、ゆっくりと弧を描く、ニヒルともいえる笑みを浮かべた。

……見た目に反したその姿は、毎度男の背徳感を掻き立てられ、手を伸ばしてしまうのだろう。
美しい花には毒があることも気づかずに、