―――トントントン
「はーい!あいてるよー」
決まった時間に響くノックの音。
うるさいほど強すぎず、かといって聞き取れない位弱すぎることのないノックは、彼女が来たことを教えてくれるんだ。
それに、ずっと朝からぶっ通しで続けていた巨人の生態調査結果の資料を閉じる。
ポイッ、と机の上に握っていたペンを放り出し、長い息を吐いて、疲れた目をこすっていれば、カタリと机にティーカップが置かれた。
「失礼します。……ハンジさん、お疲れ様です」
「やあナマエ待ってたよー!!だからそんな事務的なことはしなくていいって!!」
ガタガタと椅子を揺らしながら私がそういうと、さりげなく椅子を押さえつけられ、
それから一応上司と部下なので、示しがつかなくてはいけませんから、とやんわり申し出を断られる。
……まぁ!これもいつものことなので落ち込んだりはしないけどさ、諦めることもしないんだよね!
「いいじゃないか私とナマエだよ!!誰も気にしたりなんかしないし、むしろお似合いだっていうさ!!」
「……ちょっと意味がよく分かりませんが、紅茶が冷めてしまいますよ」
「あー!!それはいけないね!!ナマエが私に淹れてくれた紅茶だしね!」
ぶーぶーとナマエに文句を垂れていると紅茶を進められる。
なんとか説得しようとあの手この手を使ってみるけれども、未だにこの通り、全くもって成功していない。
今回もまた華麗にスルーされ、話を変えられたが、潔くナマエの言ったように、紅茶を飲もうとしよう。
しつこい人は嫌われるからね。
……ん?なんだか聞こえた気がするけど、きっと気のせいだろう!
そんな私にとって特別な紅茶に手を伸ばす。
グチャグチャな資料まみれの机の端におかれたのは、ナマエ特製の紅茶だ。
あのリヴァイに気に入られ、指導された位なんだから言うまでもなく美味い。
すごく美味い。
だから、
「ナマエー、そろそろ私のお嫁さんになってよー」
椅子にもたれかかって後ろにいるナマエを見ると、ギシリと椅子が音を立てる。
間延びした声でそう言うと、上からあきれた様子で落ちますよ、とまた椅子を支えてくれた。
「……お嫁さんって……脈略が全くわからないのですが……、あなたも女性でしょうに」
「愛に性別なんて関係ないだろう、そう!人間の私たちと巨人のようにね!!」
周知の事実である、私が巨人に興味を持ってやまないこと、
周りから見れば、憎しみを持つどころか好意をもって、愛しているのではないかといわれる巨人への態度、
それをそのことへの引き合いに出せばナマエが納得してくれると思ったんだけど……
「……私は巨人ですか」
反対にナマエはどこか傷ついたような、苦い顔をしてそうつぶやいた。
心なしか私の椅子を支えてくれている手にも力がこもったような気がする。
……ああ、ナマエを傷つけてしまったのかな
やっぱりナマエも兵士である調査兵団、私がこんな奴だと知ってはいるけど、巨人を引き合いに出すのはまずかったか
……嫌われちゃったかな、
……それは嫌だ、
自分でやったことなのに、いや、自分でやったことだからきちんとそれも言葉で伝えなくては、
ナマエにだけは、そんな顔はさせなくない。
「ナマエごめんね、傷つけてしまったなら謝るよ、やっぱり巨人は引き合いに出すものじゃない、無神経だったよ」
だらしなく持たれていた姿勢から、ちゃんとナマエの方に向かって座り直してから言葉を告げた。
ナマエの伏せられた目を見ていれば、悲しそうに揺れている瞳に気付く、ああ、やっぱり傷つけてしまっていた。
そう再び思わされると、ナマエから帰ってくる言葉に緊張が走る。
「……そうですね、私は巨人じゃありません、……それに、巨人と同等であるならば、あなたにも憎まれなくてはならない」
「へ……?」
伏せていた目をあげて、まっすぐ射抜かれると、ナマエはそう口を開く。
そうして返ってきた予想外の言葉に思わず腑抜けた声が漏れた。
「……あなたは巨人に対して愛情なんてものは一切持ち合わせていない、反対に誰よりも憎んでいる……それは私はよく知っています。
見せ掛けだけの好意に溺れて、本音に気付かない……そんなのは私は嫌です。
……私は、あなたにとってどんな存在ですか……?」
私が呆然としているのにもかかわらずナマエは淡々と言葉を告げていく。
言葉を連ねていくごとに段々と、苦しそうに、辛そうにいうナマエをもう見ていられなかった。
「……っ……!?」
ナマエを抱き寄せて、ボフンと二人してベットに倒れこめば、驚きに見開かれた目と視線が合う。
滅多に見られないようなナマエの様子がとてもかわいくて、思わずナマエの体を抱き込んだ。
君がそう、本音で、本気でいつもぶつかってきてくれていると知っているから。
「あーもう!!ナマエはそんなに私のことが好きだったのかい!?私はうれしいよ!!」
「……!?私は……っ!」
「わかってる、わかってるよ。だからね、私の気持ちが見せ掛けじゃない、本音だってわかってほしいな」
……私だって君に本音でぶつかんなきゃさ、意味ないだろ
こんな嘘、偽りの姿ナマエについたり、見せたりするわけないだろう、私はナマエの傍だと力を抜いていられる、
そう続けて言えば、私の腕から逃れるようにしていた動きがピタリと止まる。
恐る恐るというように服をつかまれた手を上から包み込んだ。
もうさ、たった私のその一言だけでそこまで考える君は一体頭がいいのか、ぶっ飛んでいるのか、
私と一緒にいたからそうなった、と言われれば何も言い返すことができないけど、と思い内心苦笑する。
……冷静で冷たい、優秀で秀才といわれている君がそんな顔を見せてくれる、また君の新しい顔を知れた。
君がそんなことを思ってくれているなんて、言ってくれるなんてね、……想定外だけど、すごく嬉しいことだよ。
そっと片手をナマエの髪に這わし、なでるとサラサラとベッドの上に流れていった。
私とは大違いのその髪の感触を確かめていると、ぎゅっとナマエの手を包んでいた手を握られた。
それにナマエが先ほど必死に紡いでいた言葉を思い出す。
……まだ質問が残ってたよね、
……どんな存在、か、そうだな……
ねぇ、ナマエ、君はね、
「私は私でいられる、かけがえのない存在、かな」
(日だまりへと変わる、想いとともに)付け加えるとするならば、愛しい存在
←